エースコックから学ぶ、ベトナム市場攻略のポイント

森辺一樹とゲストの特別対談シリーズ【グローバルの流儀】
第13弾のゲストはエースコック株式会社 代表取締役 社長 村岡寛氏をお迎えしての対談です。

「Cook happiness」すべての人に感謝し、食で幸せをお返ししていく

森辺: エースコックさんは大阪府吹田市に本社を構え、即席めんやスープなどの製造と販売を行っている企業です。 日本国内では、誰もが一度は食べたことがあるような商品を多数扱っているわけですが、 実はベトナムでも即席めんのシェアNo.1を獲得し、大成功されていますね。 まずは、御社の歩みや事業内容をお聞かせいただけますか?

対談風景 村岡: 当社の創業は1948年です。戦後のまだ十分に食料の供給がされていない時代に、 私の父である創業者が、「とにかく食品を供給することが一番大事だ」と考え、 お客様の食生活を豊かにすることを目標に、パンの販売を始めました。 当時は原料の調達さえままならない時代。さらに電気が安定せず、 材料をオーブンに入れて焼いている途中で電気が止まり、材料をムダにしてしまうことも多々あったそうです。 そこで父は、関西電力の変電所へ通い詰め、何とか計画停電を行う時間を聞き出そうとしました。 随分苦労しましたが、誠意が伝わると情報をもらえるようになったそうです。

また、小売りをするため、毎朝、梅田の中心街へパンを大量に運んでいましたが、 大きな荷物を背負って坂を上る時に、何も言わずに後ろから押してくれた人がいたそうです。 それから、当時はまがいものが多く流通していましたが、 いい原料を提供してくれる業者を見つけることにも成功しました。 こうしていろいろな人に助けられて、事業が軌道に乗っていったそうです。 だから常に、何に対しても感謝することを忘れないという父でした。 その思いは今のエースコックにも受け継がれていて、企業スローガンである「Cook happiness」には、 すべての人に感謝し、食で幸せをお返ししていくという意味がこめられているんです。

父は小麦粉の調達で苦労したので、小麦粉については、手で触れば質が分かるくらいに熟達していました。 小麦粉を使いつつ、パンよりもたくさんの人に商品を供給できるとして、 ロータリーマシーンを使ったビスケットやクラッカーへ移行。 さらに、華僑の方が中華めんの技術で即席めんを作っていたことをヒントに、 当社も1959年から即席めんの製造を開始しました。 以来、即席めんを本業としてやってきました。 現在でも即席めんを中心に、大盛りの「スーパーカップ」、はるさめを使った「スープはるさめ」、 ベトナムのフォーを即席にした「Pho・ccori気分」などを販売。 安心と安全の追求はもちろん、可能性追求の姿勢で常に新しい提案や新開発商品を届ける努力を続けています。

ベトナムでナンバーワンの即席めんメーカーに成長

森辺: 多くの日本企業が、「当社は世界50カ国に輸出しています!」などとIRを意識した報告をしていますが、 蓋を開けてみればそれぞれの国でのマーケット・シェアの競争には参戦できていない。 これではとても海外事業に成功しているとは言えません。 消費財メーカーにとっては、彼らがやっている輸出ビジネスではなく、現地の中間層に合った商品を現地で生産して、 現地の人が買いやすい価格で、現地の人が買いやすい店舗に並べて、 いかに繰り返し買ってもらうかというチャネルビジネスへの転換が重要です。 これをベトナムで実践し、大成功を収めているのが御社ですよね。

村岡: 世界で見ると、当社の売り上げのほぼ半分が海外、そのうちのほとんどがベトナムです。 そしてベトナムの売り上げのおよそ1割は、ベトナムからその他の国への輸出が占めています。 これは金額ベースですが、物量ベースでいくと圧倒的に海外が多いんですよ。

対談風景 森辺: そもそもベトナムにおける事業を始めたのは、どのような経緯があったんでしょうか?

村岡: 1993年にベトナムへ進出し工場を建てて、1995年から製造販売を開始しました。 その30年も前から、日本では少子高齢化が進み、食品の消費量が減っていた関係で、即席めんの全体量も頭打ちになりました。 その頃から我々は海外に可能性を見出し、展開を模索していました。 その当時、インドネシアでは袋めんが普及していて、 現地のある会社から、「カップめんを売りたい。カップめんの技術を指導してもらえないか。」という依頼があったんです。 その時は当社はカップめんの技術を提供しただけでしたが、それほど大きな成功にはつながりませんでした。 ものをつくるだけではなく、その商品をブランドとして育成しきることが肝心だったのではないかと、今振り返ると感じますね。

その帰りにベトナムへ寄ったことが、現在のベトナム展開の糸口になりました。 ベトナムの即席めん工場を買わないか、という話があったのでベトナムに入ったんですが、 インドネシアと違って子どもの姿があまり見られないのが不思議に感じましたね。 子どもたちはどうしているのかと聞くと、学校へ行っているという返答が。 共産主義で教育をしっかり受けさせる風潮があり、みんな平等なんですよ。 さらに治安が良く、平均年齢が低くて成長の余地が感じられる。 そしてすごく前向きな国民性で、とても親日的。 でも、国全体が決定的に貧しい。 平等だからスラムはなく、落ちこぼれはいないようですが、輸出競争力がなく、経済が弱いんです。 こうした特徴から、即席めんのジャンルでもどんどん伸びていく可能性があると感じました。

即席めんというのは、生産が工業化でき、均質で、高温で処理するため衛生的なんです。 しかも冷蔵も冷凍も必要なく、常温で長期間保存できる。 小麦粉と油がベースで、原料のロスが少なく経済的、だから安くできる。 もっと言うと、食べる時にはお湯さえあれば調理ができ、台所も調理技術もいらない。 誰が作っても同じ味で再現できるんです。 さらに、防腐剤も何も使っていない自然食品。 こうした数々の理由から、即席めんはグローバルに展開できる商品だといえるでしょう。

味の面でも、例えば細めんにして豚骨味にすると博多ラーメンになり、 めんを太く、白くして、あげを入れて和風だしにするとうどんになる。 同じ技術を応用して、さまざまな姿に変貌できるんです。 日本ではしょうゆ味やみそ味、ベトナムではベトナムの鍋料理の味、中国では紅焼牛肉めんという牛肉だしの味、 マレーシアではスパイシーチキン風味と、その土地の味を再現できます。 そして日本の持っている最高の品質管理が提供できるんですから、 ベトナムでも必ず即席めんは受け入れられるだろうと考えました。 購入の相談があった工場は設備の問題から断念し、日本の設備で工場を一から建ててスタートしたんです。

当時、良質の小麦粉や安定した油、包材などがベトナムでは調達できないということで、 輸入原料で品質の安定した商品を作ったんですが、コストが高くて、 現地で同じような形で売られているものの3倍ぐらいの値段になってしまいました。 価格の面をクリアするために、小麦粉や包材を製造する現地の業者を我々が育てていきました。 5年かかりましたが、日本のレベルまではいかずとも、当社が即席めんに要求する水準の商品が提供できるようになったんですよ。 最初は苦労しましたが、じわじわと品質が認められて伸びていき、赤字状態も止まりました。

「品質」、「販売チャネル」、「ブランド」の3点に力を入れた独自戦略

森辺: 赤字を止めることができた背景には、どのような戦略があったのでしょうか?

村岡: その当時のベトナムでは計画経済があって、ものをつくる人と、ものを売る、ものを流す人の企業の役割が違っていました。 それが自由化されたものの、意識の切り替えがなかなかできず、 合弁相手には営業マンがいないし、販売促進部もなく、配送員もいない状態。 「どうやってものを売るの?」と聞くと、「買いに来る」という返事でした。 このような売り方では全くダメで、我々は販売チャネルをしっかり作ることを目標に掲げたんです。 そして、日本ならではの安定した評価される品質の商品を作り、ブランドを作っていこうと考えました。

品質を安定させるために輸入原料でスタートしたわけですが、問題は販売チャネルです。 現金を持って、リヤカーや自転車、ソ連の払い下げのトラックで買いに来るという現金商売から、 ある程度販売力がある店舗と直接1軒ずつ代理店契約をして、今度はこちらが直接届けるという形に変えていきました。

対談風景 森辺: ディストリビューターという存在がまだない時代に、ディストリビューション・ネットワークを構築していったわけですね。 地元のリーダー的な販売店が、地域の数十店舗に卸売をするように仕向けていったと。 1990年代後半くらいにそのような戦略を取るとは、すごいですね。

御社がベトナム市場で今、過半数のマーケット・シェアを持っているのは、 ネスレやユニリーバのような先進グローバル消費財メーカー並みの強いチャネルによるものだと思います。 これは日本のどの企業も実現できていないといえるでしょう。 私は、御社の成功の要因は、早くから海外展開を始めたというスピードに加えて、 最もボリュームの大きい中間層を狙い、その中間層のためのマーケティング・ミックス、 つまりは4Pを最適化したことにあると考えています。 中間層の求める商品を(Product)、中間層が買える価格で(Price)、中間層が買いやすい売り場=伝統小売に並べ(Place)、 中間層が手に取りたくなるプロモーションへの投資をしたからだと分析しています。 近代小売の輸入品棚だけに商品を置くのではなく、中間層の人々の生活の現場、つまりは伝統小売に商品があることが大切です。 御社はどのようにしてそれを実現したのでしょうか?

村岡: まず品質が大切だということは言うまでもありませんが、日本の企業は品質にこだわり過ぎるところがあります。 価格が高いままで、日本の味付けのままで海外に展開するのはいき過ぎなんですよ。 とはいえ、品質が良くないと、一度は買ってもリピーターにはなりません。 品質は日本のレベルになるべく近づけ、価格や味を現地に合わせることが必要です。 加えて販売チャネルは、いかに早く、たくさんのところに並べるか。 当社の商品は、ベトナムで50万店あるといわれる伝統小売の中で、30万店くらいに並んでいます。 1つの店舗にそれほどたくさんの商品が置けるわけではないので、先に置いた者が勝つ。 だから販売チャネルでは、「売りに行く」ことがとても大事だと判断したんです。

もう1つは、買ってもらうきっかけとしてブランド化していくこと。 ベトナムでは日本式のコマーシャル・フィルムを作って最初からテレビCMを流しました。 その当時はほとんどが静止画がパッパッと出るスライドコマーシャルで、エンターテイメントが少なかった。 だからこそ、日本レベルのコマーシャルフィルムを流すことで、ブランドが形成されていったんです。

価格の面では、先ほどお話ししたように3倍の価格でしたから、そんなにたくさんは売れません。 だから、小麦粉や包材を製造する現地の業者を我々が育てていきました。 5年かかりましたが、日本のレベルまではいかずとも、当社が即席めんに要求する水準の商品が提供できるようになりました。 こうして、現地の他商品に比べて圧倒的に品質が高く、価格は現地で売られているものと同等、 しかもどんな店舗でも買えて、テレビを通じて普及しているブランドを確立することができたんです。 ただし本音では、当社が特別販売力があるということではなく、最初に出たからこそ今の成功があったと思っています(笑)。

森辺: 今のお話を聞いていると、御社は日本での成功体験や、日本企業の独りよがりな想いを、 決してベトナムの市場や消費者に押し付けていない感じがします。 確かに品質は安全、安心のために大切ですが、それも過剰になってはいけません。 また、その味や梱包形態、価格といったものは、全て現地の人たちが求めるレベル、もしくは手が出せるレベルに適合化していますよね。

村岡: おっしゃる通りで、当社はそれを狙っています。 今、ベトナムで年間17億食くらい売れているのが「ハオハオ トムチュアカイ」という商品で、 エビだしの辛くて酸っぱい味。そしてピンクのパッケージです。 日本の食品では、あまり食品のパッケージにピンクは使いません。 このパッケージは現地の人がデザインしました。 しかし、それが現地で圧倒的ナンバーワンになる程お客様に支持されています。 我々が大切にしているのは、安全性などメーカーとして絶対にブレてはいけないことは日本の本社基準でしっかりと守りつつ、 基本的には現地に任せることです。 例えば、味やパッケージなどは、日本の本社が良し悪しを決めるのではなく、 現地の消費者にとってどうあるべきかが一番大切なことです。

森辺: 他の日本企業なら恐らく、役員会でピンクのパッケージのデザイン案を出したら、役員が絶対に反対するでしょう。 「こんなものをうちの会社が出すべきじゃない」と。 現地に適合化させるところはしっかりさせて、絶対に変えてはいけないところは変えない、 というこだわりが必要なんですね。 例えば、日本のチョコレート菓子メーカーは「うちのチョコレートは品質が高いんだ」とプライドを持っていますが、 1万円のチョコレートを売るGODIVAならそれでいいでしょう。 しかし、伝統小売で、中間層のど真ん中を狙って勝負をかける商品なら、 キットカットや、オレオ、キンダーのような価格設定にするべきです。 そうでなければ、アジア新興国に出る意味がそもそもありませんよね。

対談風景 村岡: 確かに、当社は中間層に狙いを定めて大量に商品を販売できていますが、 販売チャネルはこれでもはまだまだ不十分だと思っています。 というのは、ディストリビューターまでは品物が届くのが早いものの、そこから先が掴み切れていなかった。 今、ベトナム全国でディストリビューター契約をしている企業の中である程度の販売力のあるところには営業マンを張り付けています。 そのディストリビューターにおける営業活動を見える化しよう、ということで、 その営業マン全員にタブレットを持たせて、受発注をリアルタイムで集計するという取り組みを始めました。

ディストリビューターから小売店への商品の流れがリアルタイムで分かることで、 これまで把握しきれなかった売り上げの増減の理由が明らかになったので、今後はもっと販売力を伸ばしていけるでしょう。 当社はまだまだ販売力が足りないと思っているので、伸ばしていきたいんですよ。

森辺: 私は仕事柄、ベトナムでも日系外資を問わず様々な企業を見てきていますが、貴社は悩みのレベルが高いですよね。 他の消費財メーカーではこんなレベル高い悩みを聞いたことがありません(笑)。

村岡: まだまだやれることはたくさんあります。 これから流通が変わりますから。 現在はホーチミンとハノイとダナンでは味の好みが違うため別々のローカルの商品を売っていますが、 今後はスーパーマーケットとコンビニエンスストアはチェーン化していくため、同じ商品を扱わざるを得なくなります。 そうした時に、ナショナルブランドは必要だし、今度は配送の面でも変えていかなければなりません。 当社は毎日500台くらいのトラックを出して商品を運んでいますが、ロットがまとまらないと配達できず、 お店で欠品が出てから発注が来ます。 現地の人は「全部売れて良かった」くらいの感覚なんです。 この感覚や配送の仕方を変えて、新たな配送システムで効率的な積載と配送ルートを決めたいですね。 当社の商品だけではなく、他社とも提携して同時に商品を運ぶなど、配送の分野でのシステム化を進めたいと考えています。

ベトナムは皆さんご存じのように、2007年にWTO(世界貿易機関)に加入して、流通業は自由化されました。 しかし、実際にはまだまだなかなか認可が下りないというのが現実です。 ずっとこのままではないでしょうが、時間かかると思いますね。 だから伝統小売については、我々の手でしっかりとものが運べるような工夫を考えなければなりません。

絶対に譲れない部分と、柔軟に現地対応する部分を明確に

対談風景 森辺: 日本の多くの消費財メーカーの場合、アジア新興国においては中間層が大切だと分かっていながら、 どうしても上位中間層や富裕層がメイン・ターゲットとなり、結果として、近代小売どまりのチャネルで、 現地の事業にスケールが出ていません。 対して貴社は、NestleやUnileverに匹敵、もしくはそれ以上の伝統小売のチャネル力でスケールある事業を現地で展開しています。 この点についてはどうお考えでしょうか。

村岡: 当社の即席めんの場合、中間層よりちょっと下がメインだと思いますよ。 「ハオハオ トムチュアカイ」の商品を始めたのが2000年。 これが大ヒットして、今ではベトナムでは「ハオハオ トムチュアカイ」は「お母さんの味」のような存在になっているのですが、 ベトナムの消費者にここまで思ってもらえるようになったのも、 ベトナムの消費者に好まれる商品開発や、より多くの消費者に届けられるチャネル構築など、 様々な課題をクリアしたからであり、それが成し得たのも、やはり早く出たことにあると感じています。

森辺: 柔軟に現地対応していかないと、マーケティング・ミックス(4P)が変わっていかないんですからね。 プロダクトが変わらないし、プライスも変わらない。 そこが変わらないといくらチャネルをやっても、並べるのは物理的に並べたとしても、選ばれなければ意味がありませんよね。

対談風景 村岡: ベトナムの即席めんのマーケット規模は、5年くらい前から頭を打って、微減傾向にあります。 これが去年、また上向きに変わり始めました。 これはなぜかというと、日本でも経験しましたが、1人当たりの消費量が高くて既に飽和状態になっている上に、 生活が豊かになり、外食を含めて食材のレベルが上がってきているからです。 さらに、コンビニエンスストアのようなものもどんどん増えてきている。 要は手軽に食品が買えるようになり、即席めんの代替になる食品が増えているんですね。 即席めんはコモディティー化し、残念ながら安売り競争になっています。 これではどうしても品質が下がり、魅力がなくなってしまう。 加えて、即席めんには添加物が大量に使用されているという噂が流れ、健康上の不安が取り沙汰されるようになりました。

そこで当社が取ったのは、即席めんが安全で健康的で品質の高い商品だということを理解してもらうこと。 即席めんは決して添加物のかたまりでもなければ、塩で増量しているわけでもない。 カロリーもせいぜい300kcalほど。 スパゲティ・ナポリタン700kcal、焼肉弁当1200kcalと比べても、決して即席めんはカロリーの高い商品ではないことが明らかです。 このような、即席めんを正しく理解していただくための啓蒙を始めました。

そして、他の食品にその座を奪われつつある即席めんの魅力を底上げするための取り組みが、カップめんです。 昨年の7月に発売した「ハンディ ハオハオ」という商品が8000ドン、日本円で大体40円くらいですから、 子どもが手軽に小遣いで買える価格です。 より便利で完成度の高い商品を、手軽な価格で食べていただくという取り組みですね。

森辺: ベトナム人で「ハオハオ トムチュアカイ」を知らない人はいないじゃないですか。 食べたことがない人がいたら、「あなたは、本当にベトナム人ですか?」って話になりかねない(笑)。 それだけブランドが認知されています。 やはり成功の方程式は、ストア・カバレッジとインストア・マーケット・シェアを上げること。 それによってブランドが定着していくんですね。

村岡: 名の知れたブランド商品であれば全般的に近代小売にはすぐ入れますが、伝統小売にはなかなか入らないものです。 ところが「ハオハオ トムチュアカイ」は伝統小売にも入るんです。 なぜかというと、これはもうベトナムでは押しも押されもせぬ定番商品だからなんですね。 そもそもが売れる商品だから、その派生品のカップめんも店頭に並びやすく、消費者に定着するのも早いと思います。 現に、前年比の倍増、倍増で売れてきているので、これからも伸ばしていきたいです。

とはいえ、当社は品質と販売ルートとブランドを作ってここまで来ましたが、それぞれまだ不十分です。 原料や味は十分日本でも評価されるような内容にしていますが、もっとグレードを上げたいと思っています。 それから販売ルートにもまだ管理できていないところがあるので、それをしっかりとITを使って管理していきたい。 そして「ハオハオ トムチュアカイ」という根本商品をもっとブラッシュアップして、定着度を高めていきたいですね。

ベトナムへの恩返しをもととしたさらなるアジア新興国展開を計画

森辺: もともとベトナムは、村岡社長が専務の時にやると決めたとお聞きしました。 これから力を入れようとされているミャンマーを含めて、アジア新興国を中心とした海外の市場を、 村岡社長はどうお考えになられているのでしょうか?

村岡: まずベトナムでは、即席めん以外の米のめんと春雨の商品も、 先ほどお話しした配送の取り組みを足掛かりにしながら伸ばせる可能性が高いと思っています。 また、ミャンマーは長く軍事政権だったので、加工食品も家庭用品もみんな輸入品で、ミャンマーのものじゃないんですね。 だから必然的に食品の味も、ミャンマーの味じゃない。 だから、まだ手探りではありますが、ミャンマーの担当者には「リンカーンになれ」と言っているんです。 ミャンマー人の、ミャンマーによる、ミャンマーのための即席めんを作れと。 そのためには、ミャンマー人の社員を育てないとダメだと思っています。

当社のスタイルは、人任せではなくて、自分たちで出ていって、自分たちでやること。 アフリカ、中近東、インドネシア、中国、タイとたくさん可能性はありますが、今は出ようとは思っていません。 まずはエースコックが本当に受け入れられて役に立てる地域で、できれば箸の文化圏で、 現地で喜んでもらえるような即席めんを提供していきたいですね。

対談風景 森辺: 行った先で、現地の企業になるというわけですね。ベトナムではまさに、御社はベトナムの企業だと思われていますからね。 ミャンマーも同様に、出ていくからには、その国の企業になっていくんだ、という覚悟なんですね。

村岡: その病がさらに高じて、ベトナム人になってしまった(笑)。 ベトナムのフォーを、もっと世界に広げたくてしょうがないんです。 今、日本でも展開していますが、アメリカでも既に販売しています。 ベトナムの素材で、世界に提案できるようなめんを、ベトナムから輸出していく。 1次産品の米を輸出するのではなくて、それを加工してベトナムの味として付加価値をつけて輸出できますから、 ベトナムの国にも貢献できるでしょう。

森辺: まさに、ベトナムへの恩返しですね。

村岡: それができれば本望ですね。日本が一番誇れるものは品質管理の技術。 それはどんどん伝えていきたいし、商品開発の技術や生産のノウハウも伝えていきたい。 ベトナムの場合は、まだ自立するところまでいっていないんですよ。 何か困ることが出てきたら日本へ相談が来て、日本の技術者が現地に行って直してしまう。 現地で解決できる力をつけて、自分たちで独り立ちできるようなところまで持っていくのが課題です。

当社の社風の1つとして、社員の自主性や自立性を重んじたいという考え方があります。 「これをやりなさい」ではなくて、自分たちで思い切った発想でやってほしい。 商品開発にしても、これ以上ないくらいの辛さの商品を提案してくれた社員がいます。 これがまたラーメンユーザーには「面白い」ということでヒットするんですね。 即席めんは物量の面では頭打ちですが、「もう1回これが食べたいな」と思えるような付加価値、 新しい切り口をつければ、まだまだ伸びる可能性があります。 ラーメンというのはものすごくクリエイティブなんですよね。 だから、日本もそうですが、ベトナムの社員にも、彼らがやりたいことをどんどんさせたいなと思っています。

グローバルの流儀 特別対談シリーズ

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森辺一樹

スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長 ファウンダー
森辺一樹

1974年生まれ。
幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。
帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。
2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。
2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。

専門はグローバル・マーケティング。
海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。
15年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。
著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』(中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』(白桃書房)などがある。

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