グローバルの流儀

後発のデメリットをM&Aで挽回する - 世界の「キャンディNo.1企業」を目指して

後発のデメリットをM&Aで挽回する - 世界の「キャンディNo.1企業」を目指して

Vol.20 カンロ株式会社 代表取締役社長 三須和泰氏

言わずと知れたロングセラー商品である「カンロ飴」をはじめ、数々のヒット商品を生み出してきたカンロ株式会社。 飴とグミに特化した菓子、食品の製造および販売を行うメーカーである。 日本国内では、「金のミルク」や「ピュレグミ」など独創的な商品で消費者の高い支持を得ている。 そして今、同業他社から遅れを取りながら、本腰を入れて海外展開に取り組んでいる。 この遅れを取り戻すには、後発であるがゆえに付きまとうデメリットを払拭する戦略が必要だ。 代表取締役社長である三須和泰氏に話を聞いた。

日本人のDNAが呼び起こされるような醤油味の「カンロ飴」が誕生

森辺: カンロ株式会社は、言わずと知れたロングセラー商品である「カンロ飴」をはじめ、数々のヒット商品を生み出してきた菓子、食品の製造および販売を行う企業です。 まずは御社の創業からの歴史や商品について教えてください。

対談風景 三須: 1912年、当時の山口県熊毛郡島田村(現・光市)に、創業者である宮本政一が「宮本製菓所」を開業したのが始まりです。 当時は焼き菓子を中心に手掛けていて、飴の製造をスタートしたのは1921年。 「宮本の生玉(きだま)」という商品で、かなりヒットしていたようです。 1950年に「宮本製菓株式会社」を設立。 そして1955年、ロングセラー商品で社名にもなっている「カンロ飴」が誕生したのが、やはり当社の一番大きな転換期だったといえるでしょう。

森辺: 「カンロ飴」は昔から変わらない味で、食べるとホッとするようなところがありますよね。 「カンロ飴」の誕生秘話があったら教えていただけますか?

三須: 戦後で砂糖が手に入りにくく、その他の原料の価格も高騰して、菓子ではなかなか採算が取れなくなっていた時代。 飴なら比較的作りやすいということで、日本国中でさまざまな飴が出回るようになっていました。 そんな中、宮本は「どうしたらこれまでと違う飴を作れるのか」と考えた結果、日本人の原点の味といえる醤油を使って飴を作ろうと思い立ったんだそうです。 しかし、普通の醤油で飴を作ると高温によって焦げてしまい、色や味が落ちるという問題がありました。 そこで、地元の醤油メーカーと共同で飴を作るための醤油の開発からスタート。 試行錯誤を重ねて、この「カンロ飴」が誕生したという経緯です。

当時の飴は個包装されておらず瓶に入った状態で、その中に手を入れて1個ずつ取って食べるわけですから、非常に衛生面での問題がありました。 そこで「カンロ飴」にはセロハン紙による個別包装を日本で初めて採用。 現在ではオートメーション化されていますが、当時は女工さんが一粒一粒セロハン紙をひねって包装していたんですよ。 女工さんたちは「1分間に何個ひねられるか」で熟練の技を競い合っていたそうです。

この「カンロ飴」が飛ぶようにヒットし、1960年、カンロ株式会社へ社名を変更。 1962年に本社を東京に移転しました。 「カンロ飴」のレシピは変更せず販売してきましたが、2018年に、それまで入っていたうま味調味料であるアミノ酸の使用を廃止。 63年ぶりにレシピ変更したわけですが、さらなるおいしさを引き出すことができました。

対談風景 森辺: 大豆ベースの醤油というのが日本人の味覚の一番の基になっているから、そこに懐かしさを感じるわけですね。 日本人のDNAが呼び起こされるような。 そうすると、欧米から来たドロップ由来の飴とは一線を画した、和由来の飴といえますね。

革新的な商品を新しい消費者に向けて発信するマーケティング力

三須: 次の革新的な商品が、1981年に誕生した菓子業界で初の「のど飴」である「健康のど飴」です。 もともと飴というのは砂糖や水飴という甘い原料が口の中で液体になってのどを流れていくわけですから、当然、のどを潤します。 そこへさらに、ハーブエキスを加え、「のど飴」と呼んだんです。

森辺: 私も冬場や風邪を引いてイガイガした時に、よくのど飴を食べますね。 あの乾燥していたのどが潤う感覚に、もう手放せないと思っています。

三須: 「健康のど飴」の進化版が、2018年に発売された「健康のど飴 ドクタープラス」。 「口の専門家」として有名な鶴見大学の歯学部との3年間にわたる共同研究により考え出された、科学的視点をプラスした本格的なのど飴です。 さらに、国立音楽大学声楽科の教授監修のもと、学生の声を聞きながら試作を繰り返して作った「ボイスケアのど飴」という商品もあります。 「声とのどを大切にする人」のためののど飴なんですよ。

対談風景 それから画期的な商品としては、2002年に誕生した「ピュレグミ」。 グミ市場では1990年ぐらいから明治さんの「果汁グミ」がヒットしていましたが、グミは子供向けのお菓子というイメージがありました。 そこで、甘酸っぱいパウダーをまぶし、若い女性にリフレッシュしてもらえるような味付けにした「ピュレグミ」を発売。 女性が持っていても恥ずかしくないオシャレなパッケージも好評で、大人の女性に向けたグミ市場を創り上げました。

そして5年ほどの開発期間を経て2012年に発売された「金のミルク」。 香料や着色料を使わずにミルクの良さを引き出した商品です。 もともと、他社商品がヒットしていたところへ、そこに対抗できるような本物のミルクの飴を出したいと考えて開発に取り組んだもので、 お陰様で2017年辺りからミルクのキャンディの部門では販売金額でトップになっています。

森辺: こうして見ると、本当に消費者の立場に立って開発した商品ばかりですね。 そして一過性のヒットではなく、「カンロ飴」を筆頭に、かなり長期間ヒットし続ける商品が多い。 つまりそれは、消費者にとって本当に良いものを作っているのだと思います。 良いものを作るだけでも大変なのに、その良いものが消費者に確りと認知され、継続して長く好まれている。 一体何が御社の強みになっているとお考えでしょうか?

三須: それは恐らく商品開発に当たって、「本当に良いものって何なのか」を追い求めていることでしょう。 「これで良い」とは思わずに、「もっと違った形があるはずだ」という考えの基、研究を進めているんですよ。 今、当社では飴に関して、素材を生かすことと機能性、この2つを軸に商品を展開しています。 素材を生かすというのは「カンロ飴」や「金のミルク」に代表されるように、うま味調味料や香料、着色料を使わずに、素材の味をしっかりと飴に生かした商品。 機能性というのは、「健康のど飴 ドクタープラス」や「ボイスケアのど飴」のように、本当に体感できる機能を目指した商品。 消費者が、ただ「食べたい」と思うだけではなく、安心感や体感を持っていただけるよう、 メーカーの方針としてきちんと定め、その上で商品を市場に出していることが大きいのではないでしょうか。

森辺: 「本当に良いものをお客様にお届けしたい」ということが全ての源になっているわけですね。 ただののど飴ではなく、敢えて自らハードルを上げて「健康のど飴 ドクタープラス」を開発したというのが、まさに良い例だと思います。 さらに、ターゲティングがしっかりしている。 グミはそもそも子どもが食べる駄菓子のイメージでした。 それを大人の女性にターゲットを絞って、その人たちが満足できるものを開発しています。

三須: 当社はキャンディしかやっていないので、キャンディのオタクだと思うんですよね(笑)。 だから、キャンディだけに関しては膨大なデータを持っています。 大手の総合菓子メーカーよりも深堀りできているだろうし、他社のキャンディ専業メーカーよりもデータ力、マーケティング力があるかもしれません。 戦略を絞りやすいともいえるでしょう。

チャネル別に異なるニーズを持つ消費者のための商品開発

森辺: 2017年の販路別の市場を見てみると、スーパーがプラス、コンビニエンスストアとドラックストアが2ケタ伸長と、非常に好調でした。 国内のチャネルについて、どのような戦略をお持ちでしょうか?

三須: 以前はチャネルに関してそれほどしっかりとした戦略というものがなく、コンビニからプライベートブランドの開発を求められることがあっても、お断りしていました。 コンビニの比率が高くなると、それだけリスクも高まっていくので、何となくおよび腰になっていたんですね。 しかし、ここ2、3年 日本の市場で5万店を有するコンビニに対しても取り組みを強化し、きめ細かい提案を行うようになりました。

対談風景 また、市場全体に対するスーパーの割合も高いですから、今、ドラッグに押されてスーパーの業態が非常に厳しい中で、 当社としてはスーパーだからこそ売れるという商品を開発していくことも非常に重要だと思っています。 例えば大袋。コンビニの場合はコンパクトサイズの袋の中に飴が裸で入っていて、主に30代、40代の女性が自分のために買う商品です。 スーパーマーケットの場合は大袋に個包装の飴が入っていて、自分だけではなく家族で食べたり、人にあげたりするのに重宝する商品。 こちらは50代、60代の男女が買われることが多いですね。こういうパッケージ開発もチャネルを意識して行っています。

あとはドラッグストア。まだまだ比率的には小さいですが、やはり今、伸びているので、 きちんと配荷できるように営業力を整備するとともに、ドラッグストアに適した商品開発も進めています。 「健康のど飴ドクタープラス」などがまさにそうした商品だといえるでしょう。

森辺: 大きくスーパー、コンビニ、ドラッグストアと業態を分けた時に、それぞれに来る消費者のニーズが異なるので、 業態ごとに商品開発を進めていくというのが御社の今のチャネル戦略の最大の肝になるということですね。

三須: 飴の売上が全体的にかなりフラットで、少しずつ下がっていましたが、2017年頃から持ち直してきています。 そしてグミはずっと伸びている。 今の若い消費者は、飴やガムよりもグミを好む傾向にあります。 グミというのは菓子の中ではカロリーが低い部類なので、罪悪感を持ちにくいのがその理由のようですね。 グループインタビューなどの調査では、本当はチョコレートが食べたいところを、カロリーを考えて「グミにしておこう」という意見が出ていました。 この傾向はこれからも続き、グミの市場はどんどん大きくなると見ています。

森辺: 近年は裏の表示を見るのが当たり前の世の中になりましたからね。 罪悪感がないというのは「ギルトフリー」の考え方で、欧米の一部の先進的な人々の間では既に確立されつつありますね。

三須: 「ピュレグミ」は若い男性にも結構、ファンが多いんですよ。 グミにはもっといろいろな可能性がありそうで、今後が楽しみです。

ターゲットは中国。M&Aに絞った海外戦略で後発のデメリットを払拭

森辺: 御社のこれからの海外展開についてお聞かせいただけますでしょうか。

三須: 現在では欧米でもアジアでも、日本のようにたくさんの飴がお店に並んでいることはありません。 飴はもう、日本で発展した日本の菓子だと言って良いでしょう。 和菓子や、おせんべい、あられと肩を並べられるようなジャンルであり、 だからこそ、日本の菓子メーカーの中でもキャンディメーカーが海外に出ていく可能性を一番秘めていると思います。

対談風景 森辺: 言われてみると本当にその通りで、日本独自の進化を遂げたと言えるかもしれませんね。 スナック、チョコレート、ガムなどは欧米の先進メーカーが牛耳っている感がありますが、飴は思い当たらない。 日本は欧米から伝わってきたものをより良く、より小さく、より安く進化させるのが得意です。 家電の業界ではそれがガラパゴス化だといわれ、残念ながらグローバルの戦いに敗れました。 それに見習うべきところはあるものの、より単価の低い飴やグミなどにおいては、実は日本独自の進化、つまりはガラパゴス化こそが活きてくるのかもしれませんね。

三須: ただ、欧米から来た飴で欧米に進出するというのはなかなか難しい。 現地で製造しない限りコストが合いません。じゃあどうするかというと、今、当社はやはり中国だと。 日本人と同じ醤油の味覚を持っているのは中国人ですから。 アジアだと魚醤とかハーブとか、味覚がまた違いますよね。 タイで「カンロ飴」を売ろうとするとこのままじゃダメで、現地に合わせた商品開発が必要になります。 その点、中国だったらこのままで良い。 進出のしやすさ、人口の多さからいって、やはり中国が一番の狙い目だと思いますね。 それから、日本製へのプレミアム感も後押ししてくれるでしょう。

森辺: 中国では近代小売が発展し、既に6割は近代小売です。 のど飴などの機能性キャンディーのニーズも高いと思います。 また小売の数も凄まじく、ドラッグストアも、小さいものまで含めると40万から50万店あるといわれています。 更に、ご存知の通りインターネット流通も成長著しいですからね。

日本の菓子メーカーの海外展開のステップは、まず輸出から始まります。 ある程度、輸出額が増えて数十億に到達した時に初めて、現地で生産委託や現産現販に取り組むという2ステップになります。 最初のステップは、あくまで輸出で、国内外の問屋に商品を卸し、「あとはよろしく」というのが大体の日本企業のやり方です。 結局、自分たちの商品がどんな中間流通を通じて、 どんな小売に、どう並べられて、どんな消費者がそれを買って、何を思ってリピートしているのか否かを完全に無視したビジネスをしているわけです。 それを日本の菓子メーカーは長年「グローバルビジネス」と言ってやってきたわけです。 しかし、こんなやり方は全くもってグローバルビジネスとは言いません。 結果として海外に輸出されただけで、そこに戦略性などなく、輸出の伸びは、為替と景気次第なわけです。

御社の場合はそうではなく、ビジネスモデルとしては輸出ではありますが、チャネルをしっかり意識して、 自分たちの商品がどのような中間流通や小売を通じて消費者に届くのかまでを意識した輸出をしていくという感じなのかな、とイメージしています。

三須: 輸出するだけではなく、向こうのチャネルがどういう形なのかというところが一番大切ですから、チャネルの作り方は当然、念頭に置いていますね。

対談風景 私は前職で、インドネシアやミャンマーでチャネル作りを経験しました。 中国でも卸をやったことがありましたが、なかなか難しかった。 そして今、当社が取り組んでいる海外展開は、菓子メーカーとしてはかなり後発です。 これから当社が進出するには、チャネルを持っている現地企業と組むしかないでしょう。 他社は、もう長年、現地生産していて、さらに全国展開されています。 そのご苦労のお陰で、中国の皆さんが日本の飴の良さを知ってくださっている。 M&Aでチャネルを手にすることができれば、後発であってもチャンスはあると考えているんですよ。

ただ、M&Aといっても、当社は決して大きな会社ではないので、必ずしも買収するというわけではなく、 ジョイントベンチャーや、その一歩手前の提携のような形になるかもしれません。 相手企業も同じ菓子メーカーで、飴をやっていたらベストです。 同業他社さんはもう何十年とやっていますから、そこへ追い付くためには今から同じことをやるわけにはいかない。

対談風景 森辺: 後発だからこそのM&A戦略ということですね。 よく、いろいろな企業の社長さんから、「5年で100億やりたい」なんて言われます。 その時に私は、「5年で100億円だと、自前でチャネルを作っていたら無理です。 買収対象企業のリストを出しますから予算を作ってください」と言うんです。 要は、何年でいくらやりたいかによって当然ながら戦略は変わっていくということです。 御社の後発のディスアドバンテージをM&Aでクリアするお考えは理にかなっていると思います。

海外売上比率を向上させて、「キャンディNo.1企業」へ

森辺: 今後御社の海外展開において課題があるとすれば、どのような点になると想定されますか?

三須: やはりいかに良い現地企業と組めるかということですね。 そのために2018年、当社では海外事業への本格参入に向けて「海外事業室」を新設して取り組んでいます。 中国の国内でも買ったり買われたりというのが、これからますます進んでいくでしょう。 そんな中で、本当に地元に密着した優良企業と組めるかは非常に重要だと思います。 まさに今、ロングリストからショートリストに絞り込んで、少しずつ交渉を始めているというタイミングです。

対談風景 森辺: 御社は、今後のグローバル戦略をどのようにお考えでしょうか?

三須: 一言で言えば、「世界でキャンディNo.1企業を目指す」というのが当社の大きな目標です。 品質でも商品開発力でも、私は負けないと思っています。

森辺: 「世界でキャンディNo.1企業を目指す」と本気で社長が言っている企業って、すごく素敵ですね。 これからの御社のグローバル展開が楽しみです。

森辺 一樹 (もりべ かずき)


森辺 一樹 (もりべ かずき)

スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長兼CEO
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師

1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に18年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』白桃書房)などがある。