グローバルの流儀

サバイバルの延長線上に構築されてきたグローバル戦略

サバイバルの延長線上に構築されてきたグローバル戦略

Vol.38 テルモ株式会社 代表取締役社長 CEO 佐藤慎次郎氏

東京都渋谷区に本社を置き、医療機器・医薬品の製造販売を行うテルモ。 良質な体温計を国産化するために設立され、以来約100年、 使い切り注射器、輸液剤、人工臓器、血管内治療用カテーテル、再生医療などと多角展開を進めてきた。 国内のみならず、世界160以上の国と地域に事業展開し、海外売上比率約7割を誇るグローバル企業だ。

2017年から代表取締役社長を務めるのは、ヘルスケアではなく経営コンサルティングの世界からテルモに身を転じた佐藤慎次郎氏。 佐藤氏が目指す「グローバル企業」は、ほかの日本企業とは少し違っていた。

体温計から、医療に対する思いを中心に据えた会社として発展

森辺: テルモといえば、一般家庭では体温計や血圧計などのメーカーとして馴染み深いですね。 医療機関を対象としたBtoBの医療機器・医薬品の製造販売を行う日本有数の企業でもあります。 まずは御社の事業内容を教えてください。

対談風景 佐藤: 当社は現在、3つのカンパニーと7つの事業領域で、医療の革新に挑戦し続けています。 心臓血管カンパニーでは、カテーテル治療と心臓外科手術において、患者さんの負担軽減を追求。 ホスピタルカンパニーでは、医療現場の安全性と効率性を高めるとともに、患者さんのQOL(quality of life)の向上に貢献。 血液システムカンパニーでは、より安全で高品質な輸血の提供と血液・細胞治療の発展に寄与し、医療インフラと先端医療を支えるべく取り組んでいます。

2019年3月末で、連結子会社は100社。生産拠点は国内8か所、海外23か所です。 世界で初めて当社が開発したホローファイバー型人工肺や使い切りの医療機器など、医療に役立つ多種多様な製品を、世界160以上の国や地域で提供しています。 2019年3月期の連結決算での海外売上比率は69%、海外生産比率は53%。 社員の比率でいっても、8割ぐらいが海外の人です。 体温計のイメージをお持ちの方からすると、意外なグローバル企業かもしれません。

森辺: 日本企業の中では、御社はグローバル化が大きく進んだ企業の1つだといえますね。 御社は90年以上の歴史を持ち、100年企業に近づきつつあります。 簡単に沿革をお聞かせいただけますか?

佐藤: 当社は、第一次世界大戦の影響で体温計の輸入が途絶えたことを受けて、良質な体温計を国産化するために、 北里柴三郎博士をはじめとする医師らが発起人となり、1921年に設立されました。

設立から約40年間は体温計一筋で歩みを進め、1955年には当社の体温計が国内生産量の30%を占めて第1位となりました。 その後、1963年、医療の安全性を高めるために開発した国産初の使い切り注射器の発売をきっかけに、使い切り医療機器分野に進出。 1969年の日本初の血液バッグ、1973年の日本初のソフトバッグ入り輸液剤など多角化を進めます。 1982年には世界初のホローファイバー型人工肺を発売し、心臓外科分野に進出。 1985年には血管造影用ガイドワイヤを発売し、血管内治療分野に進出するなどを経て、今に至っています。

海外展開は1971年、アメリカに「テルモアメリカ社」、ベルギーに「テルモヨーロッパ社」を設立したことを皮切りに、 中国、インドなどでも現地法人を設立し、現在では世界160以上の国や地域で事業を展開しています。 来年2021年には創立100周年という区切りの年が来ますが、次の100年も変わらずに、 患者さんのために優れた製品・サービスを医療現場に届けられるよう、日々精進しているところです。

対談風景 森辺: 佐藤社長の就任は2017年。テルモには2004年に入社され、それ以前は外資系の経営コンサルティング会社にいらっしゃったそうですね。 ちょっと異色の経歴をお持ちのように感じたので、佐藤社長のキャリアについて教えていただけますか?

佐藤: おっしゃる通り、テルモに入る前は外資系の経営コンサルティング会社に5年半ぐらいおりました。 さらにその前は外資系の石油会社に10数年間おりました。 テルモに入社した2004年頃は、ちょうどテルモのグローバル化が加速し始めた時期で、 それに合わせてさまざまな変革を起こす必要があり、多様な人材が外から入ってきました。 私もその1人で、何も特別な存在というわけではありません。 新しい視点や客観的な視点を求めていたため、日本の会社にしては外からの人を受け入れる素地がありました。 私はもともとヘルスケアの人間じゃなかったものの、テルモの社内外で培った経験まで活かすことを期待されて、社長にさせていただいたと考えています。

世界の医療現場からトップブランドとして信頼されるグローバル企業へ

森辺: 御社はこの15年ぐらいで、一気にグローバル化を広げたような印象があります。 佐藤社長はご謙遜されていますが、外資系で長年、経験を積んでこられた佐藤社長の手腕も、御社のグローバル化に拍車をかけていると思うのですが。 海外生産比率は5割超え、海外売上比率は7割に迫る勢いというのは、医療機器のBtoBのメーカーではなかなかないですよね。 御社のグローバル展開における取り組みや戦略についてお聞かせいただけますか?

対談風景 佐藤: 皆さまご存じのように、医療はあまねく世界に広がっています。 その中でも医療機器に関していうと、そもそも市場の9割以上が日本以外ですので、海外を意識した戦略が必須です。 また、日本で良い製品を作って輸出すれば売れるという世界ではありませんので、 グローバルで勝てる技術や基盤を手に入れるために、2000年頃から海外企業の買収を積極的にするようにしました。 これまでに買収してきたいろいろな海外子会社が、グループ全体の成長に貢献していく。 その過程でグローバル化が実態としても進んだ形になります。 先ほどお話しした3つのカンパニーの傘下にある7つの事業領域のうちの4つは海外に本社があります。 今の売上の3割ぐらいは買収で獲得した企業が生み出しているといってもいいでしょう。

森辺: ほかの業界でも、2000年代にM&Aをし遅れて失敗したという話はよく聞きます。 その点、御社はタイミングを逃さずに戦略的にグローバル化を進めてきたわけですね。 御社はすでにグローバル企業であるにもかかわらず、2017年度から2021年度の5か年の中長期のビジョンとして「日本発のグローバル企業」になることを掲げています。 御社はまだグローバル企業として足りない部分があるとお考えなんですね。

佐藤: 組織や人材のグローバル化など、まだやるべきことは多いと考えています。 また、海外売上比率は高いかもしれませんが、それよりも大切なことがあります。

医療従事者の皆さんは、我々の製品をずっと使い続けて、長い目で我々のことを見ています。 そういう方々が、ひいては患者さんが、テルモのことを信頼できるブランドとして高く評価できるかどうか。 「売上シェア」ではなく、「マインドシェア」を世界中の医療現場で高めることで、我々の目指す真のグローバル企業になっていけると思っています。 そのためには、製品・供給・サービスの3つを統合した「トータルクオリティー」を提供し続けなければいけません。 日本企業の強みであるものづくりや品質へのコミットメントを生かして、世界の医療現場により大きな貢献を果たすのが、当社の目指す姿です。

失敗から学び、サバイバルから生まれた新しいグローバル戦略

対談風景 森辺: アメリカや欧州から新規技術が生まれてくるという構図の中で、中国市場はどのような意味を持つのでしょうか。 御社は1995年に、中国に子会社を設立していますね。 私は10年から15年ぐらい前に、御社の中国における販売チャネルの構築の進め方が非常に素晴らしいというのをいろいろなところから聞いて、 それ以来ずっと注目していました。 中国では販売チャネルの構築に力を入れられたんですか?

佐藤: そうですね。中国ではまだ競合の少ない90年代から出ていったこと、代理店の販売チャネルをうまく活用できたことが功を奏しました。 さらに、展開する製品を戦略的に絞って伸ばしてきたことも成功の一因です。 その中でもカテーテルに関して言えば、ちょうど我々が出ていった時期が、中国全体でカテーテル治療が大きく伸びていくタイミングに当たったので、 日本の医師から中国の医師に技術が普及することのお手伝いをしてきました。 瞬く間に世界レベルの技術と市場に成長していきましたね。 近年は、いよいよ会社全体の成長にも貢献する規模になってきたと感じています。

森辺: 一番いいタイミングで、一番見合った製品を展開したと。 偶然のようにおっしゃっていますが、それは戦略ですよね。

佐藤: いつも自分たちの意識の中に、米系大手企業を追いかけていく身であるというフォロワーとしての自意識があります。 だからこそ、常に全方位ではなくて、なるべく戦いやすい自分たちの強みを生かせる場所で、選択的に戦略を遂行してきたのが成功のカギだったと思います。

森辺: まさにフィリップ・コトラーが提唱している、マーケティングの基本プロセスを実践した形ですね。 一番いい市場に強い競合がいたとして、そこに自分たちが参入するとどういうことが起こり得るかということをSWOT分析して。 ターゲティングやセグメンテーションも、まず一点突破で風穴を開けて、それを広げていくということを着実にやってこられたんですね。

対談風景 佐藤: そうですね。特にアメリカでは、当社はここ10年ぐらい伸びてきましたが、その前の20年ぐらいは非常に苦しい時期があって、 なかなか自分たちに好適なポジショニングを取れませんでした。 そこで、最大の競合がアメリカにホームマーケットでいる中、いかにうまい戦い方をするかというところにフォーカスしました。 大手のアメリカのメーカーは、一攫千金的な最先端の治療デバイスを狙いますが、 競合しないような差別的競争力をもった基盤デバイス、大手が手をこまねいているジャンルを当社の中心に据えて、売上を伸ばしていきました。 アメリカで成功した要因は、特化した集中戦略。 それは言い方を変えると、サバイバルそのものだったといえますね。

森辺: 市場環境と競争環境が劇的に厳しかったからこそ、そこで勝ち抜くために戦略的になったということですね。 一般的な日本企業では、本社に戦略がなくて、海外に駐在員を送り込んで「気合と根性で走りながら何とかしろ」というようなところがあって。 第一陣がダメだったら第二陣を送り込んで、ダメだったら第三陣、というのが結構多い気がします。 その点、御社は非常に戦略的な会社だといえますね。

対談風景 佐藤: そうかもしれません。ただ、当社は最初から海外でうまくいったわけではありません。 1970年代から海外に進出していたものの、最初のうちは、針や注射器の工場を現地に作っても、差別化できずに販売が振るわず赤字続き、という状態でした。 そういう失敗の時期を経て、ようやくポジショニングということに気が付き、自分たちの強みが際立つような製品が生まれてきた。 サバイバルの延長線上に戦略が構築されてきたという感じかなと思いますね。

森辺: 70年代という、日本企業の海外進出の先駆けといえる時代に失敗したのがポイントですね。 より早く出て、より早く失敗をして、それをケーススタディーとして取り込んだから、今、戦略的に出られるのだと思います。

佐藤: 過去のレッスンがあったお陰で、新しいグローバル戦略が生まれてきたといえますね。

森辺: 今後、ASEANへの展開はどのように考えていらっしゃいますか?

佐藤: 比較的日本から近くて、日本に対するシンパシーもある程度あるというエリアで、中には当社ブランドが浸透している国も結構あります。 そういう意味では、少なくともアメリカのメーカーよりは当社にアドバンテージがあると見ています。 その利点を生かしてアジアでも戦略的に事業を展開していきたいですね。

高齢化と医療費の問題を解決するソリューションカンパニーへ

対談風景 森辺: 御社が今後、さらにグローバル展開を進めていく中で課題があるとすれば、どのようなことになりそうでしょうか。

佐藤: これまでは、アメリカならアメリカ、中国なら中国、それぞれ別々に意味のある戦いを展開してきました。 しかし当社も多角的な事業展開になってきたので、 これからは全世界レベルでの「テルモとは何か」「グローバルブランドの価値は何か」という問いに答える必要があるでしょう。 それぞれが分散された市場、分散されたブランドで戦っているだけでは、本当の力は出ません。 今度は統合されたコーポレート全体の力をどう紡いでいくかというステージに入っていくと考えています。

工場のオペレーションでいえば、これまでは個別最適でやっていたものを全体最適に変えて、全体的な視点から伸ばしていく。 ブランドでいえば、製品ブランドの軸だけではなくて、テルモ全体としてのブランドの認識を持っていただけるようにする。 海外でも日本でも、病院に納入しているいろいろな製品のジャンルがあり、それぞれのブランドとしてある程度の地位は確立しています。 しかし、そのジャンルだけではなく、「テルモというメーカーと取引をしたい」「テルモは安心できるメーカーだ」と認識していただく。 あるいは、メーカーであるだけではなく、サービスまで供与するプレーヤーであるという認知をいただくことが、 さらに伸びていくうえで必要になってきていると思います。 そういう意味でのグローバルなインテグレーションを進めていくことが、今後の課題になるでしょう。

森辺: そうすると、単なる医療機器メーカーではなくなりますね。

佐藤: そうですね。当社は、これまではデバイスメーカーでしたが、これからはソリューションカンパニーに変わっていかなければならないと考えています。 医療業界全体が、ピンポイントの医療ではなく、患者さんのライフサイクルや疾病に合わせてトータルで管理していこうという考え方に変わってきました。 20年後、30年後に、もっとパーソナルなヘルスケアが進んでいくことを想定すると、 医療機器メーカーは指をくわえて待っているだけでは、振り落とされてしまいます。 我々も自分たちの製品やサービスが医療現場にどう使われているのか、どんな価値を持つのかということを考えて、設計し、提供していかなければなりません。 これは一朝一夕にできるものではなく、徐々に意識を変えて、10年、15年かけて変革していくもの。 製品ベースで戦っていては、機会が狭まっていくという危機感は持っています。

森辺: 患者や医療従事者とともに新しい価値を考え、提案していくということですね。 最後に、今後の展望についてお聞きします。 数十年後の御社は、人や社会にとってどのような会社になっていると思われますか?

佐藤: 「医療を通じて社会に貢献する」という不変の企業理念を達成するためには、社会の変化に応じた企業になっていかなければなりません。 昔の医療には子どもの生存率を上げることが求められ、20世紀には壮年期の急性疾患を治すことが求められました。 21世紀は少子高齢化の時代。100年ライフの時代に入り、今後はますます世界中で高齢化が進行していくでしょう。 どこの国でも医療費を支えきれなくなり、医療費をコントロールしていかなければならない時代に突入します。 当社は高齢化による新しい医療課題と、医療費拡大という2つの問題を解決する会社になる必要があります。 患者さんや健康を願う人のQOLが向上し、かつ、医療経済性が改善されるような、両方を満たすソリュ―ションを考えて提供する会社になっていきたいですね。

かつてはピンポイントで病気を1回治すことが最大の目標でしたが、今は治った後も問題になってきました。 1回治ってもまた再発するようでは、結局、その人のQOLは低下していきます。 それは取りも直さず、医療費もどんどんかかっていくということ。 もっと長い目でその人のライフサイクルを見て、それに貢献できるようなソリューションを提案していくべきです。 それができる会社に当社がなっていければ、社会と共存でき、まさに社会と共に成長する企業になれるはずです。 そのような価値をグローバルで提供できるように、ステークホルダーの皆さんと共に歩んでいきたいと考えています。

対談風景

森辺 一樹 (もりべ かずき)


森辺 一樹 (もりべ かずき)

スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長兼CEO
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師

1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に18年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』白桃書房)などがある。