グローバルの流儀

地球と人の健康を支え続ける未来創造カンパニー

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Vol.33 不二製油グループ本社株式会社 代表取締役社長 清水洋史氏

植物性油脂や業務用チョコレートなどの開発・生産・販売を行う不二製油、チルドデザートを中心とする洋菓子を手掛けるトーラクをはじめ、 13か国に34社を展開する不二製油グループ。 大阪市北区に本社を置き、1950年の不二製油設立以来、お菓子やパンをはじめとする多くの取引先向けに食の素材の可能性を追求し続けている。 1973年という早い時期に海外へ進出し、全体売上高の約60%が海外売上。 業務用チョコレート生産量世界3位を獲得するビジネスを展開しているという。 代表取締役社長 清水洋史氏に、グローバルで成功を勝ち得た秘訣と今後の戦略を聞いた。

技術からマーケティング中心へ、時代背景に合ったビジネスモデルを展開

森辺: 御社は海外売上高比率を誇るグローバル企業ですが、BtoBが中心なので一般の人は社名を聞いてもピンとこないかもしれませんね。 まずは事業の概要と沿革をお聞かせいただけますか?

対談風景 清水: 当グループは、チョコレート用油脂をはじめとする植物性油脂や業務用チョコレート、クリームやマーガリン、チーズ様素材といった乳化・発酵素材、 そして大豆加工素材を製造する食品メーカーです。 当グループの最初の会社である不二製油は1950年に設立された、日本で一番最後に生まれた油脂メーカー。 昭和産業さん、日清オイリオさん、Jオイルミルズさんといった有名な油脂メーカーは、 明治や大正の時代に設立された戦前からの長い歴史を持つ企業が多いですが、当社は戦後に後追いの形で生まれました。

当社の前身である不二蚕糸は、繊維の会社であった伊藤忠商事の100%出資で始まった、蚕の糸を作る会社でした。 その大阪工場では蚕糸の製造プロセスで副生する蚕蛹から油脂を搾る業務を行っていたんです。 しかし戦後、ご飯を食べていくだけでも大変な社会背景により、不二蚕糸は事業内容の転換を余儀なくされました。 油を搾る設備を生かし、不二製油という食品の会社に形を変えたわけです。

しかし、当時主流だった食用油、サラダ油や大豆油などの原料は割り当て制で、戦前からあった大手の油脂メーカーに原料が流れるため、 会社を大きくしようにもできないという事情がありました。 そこで、どうしたら生き残れるかを考え、南方の原材料、ヤシ、パームを使い「付加価値の高い油を作ろう」という結論に達したんです。 付加価値の高い油というと、チョコレートの油であるココアバターや菓子の材料になるフレッシュバター。 価格帯が高いこれらの油を我々の技術を駆使して作ろうと。 ですから当社は、生まれながらにして技術経営が義務付けられた会社だといえるでしょう。

その後、チョコレートそのものを作るようになり、バターの代わりやチョコレートの代わりになる商品、 ホイップクリーム、チーズ様素材、マーガリンと取り扱い商品を増やしていきました。 ちょうど日本に西洋風の食品やお菓子が浸透していくタイミングで、その原料を作ってきたわけです。 油脂メーカーから、だんだんと油以外の商品にシフトしていったという感じでしょうか。 お陰さまでこれまでに、大豆から豆乳クリームと低脂肪豆乳を生み出す世界初の特許技術「USS製法」をはじめ、 合計2,622件(1950年から2017年3月までに登録された不二製油グループ本社および不二製油株式会社の全世界における特許件数の合計)の有効特許を取得しています。

また、海外進出は比較的早い時期の1973年です。 東南アジアへの事業展開を皮切りに、次々に海外へ事業を広げ、2019年5月現在では売上高構成比の約60%を海外売上が占めるようになりました。 2018年度はチョコレート用油脂世界トップ3の一角を占め、業務用チョコレートでは日本とブラジルでシェア第1位、 北米第2位および世界シェア第3位、乳化・発酵素材では中国で業務用フィリングのシェア第1位、 大豆加工素材では日本で大豆たん白素材のシェア第1位を獲得しています。

対談風景 森辺: 御社の決算資料を見て驚いたのが、2019度の売上が国内で業界第2位、経常利益では第1位なんですね。 企業の経営にとって経常利益は重要です。 日本で最後に生まれた油脂メーカーであるにもかかわらず、数十年間で業界をリードする存在になったというところに、私は非常にロマンを感じています。 そのあたりのストーリーをお聞かせいただけますか?

清水: 時代背景とともに、それに適したビジネスモデルも変わっていきますよね。 日本の家電がもてはやされた昭和の時代には、「企業価値=ものづくり」と認識されていました。 そんな時代に我々は技術を磨き、先ほどお話しした、西洋風の食品のニーズに当社の商品を合致させることができました。 西洋風のお菓子が流行り出した頃には、当社の研究開発の社員がヨーロッパまで勉強に行ったものです。 実はイタリアのティラミスを日本で紹介したのは当社が最初だったんですよ。 しかもそのティラミスには普通の乳製品のマスカルポーネチーズではなくて、当社が開発した植物性のチーズを使いました。 洒落が利いた商品名で、1文字ちがいの「マスカポーネ」というものです(笑)。 このティラミスは女性誌から火がついて、一時代を築いたといってもいいでしょう。

ところが、ヨーロッパに勉強に行ったのは最初の一時期だけで、すぐに行かなくなってしまった。 日本の技術や安全・安心な食品管理は、すぐに世界有数のレベルまで成長したからです。 この素早い成長には、お客さまと我々との連携も功を奏しました。

当時の当社はほぼBtoBのメーカーで、日本の大変優秀なBtoCの菓子メーカーや食品メーカーが当社のお客さまでした。 BtoCのメーカーが消費者や社会のニーズをくみ取って、マーケティングや営業に投資をして売れる商品を企画するわけですよね。 このような企業努力のもと、我々のようなBtoBの下請け会社がともに研究開発を行い、1つの商品を完成させます。 つまり、BtoCのメーカーにとって、手伝ってくれるBtoBの会社は大変重要。 その点、当社は研究開発の担当者がたくさんいて、さまざまな専門家も揃っていたため、ニーズに合った商品がいち早く完成できた。 このお客さまとの連携により、昭和の時代はうまく成長することができたんです。

平成に入ると、今度はコンビニやスーパーといった小売業が力を持つようになります。 コンビニ、スーパー各社がプライベートブランドのデザートやパンなどの商品を展開するにあたり、当社が開発、製造を請け負うことで利益を伸ばしました。 平成2年には日本のGDPが世界第9位から平成10年に第2位に上がったものの、30年には26位にまでダウンするという、それだけ経済が停滞した時代だったわけです。 しかし当社はこの時代に、時価総額を3倍に伸ばしました。 昭和も平成も、結果的に時代背景に合ったビジネスモデルを展開できたというのが、当社の勝因だといえるでしょう。

対談風景 森辺: 戦後、1950年から2000年ぐらいまでは日本の経済は伸びていたし、食品メーカーの求めるものを真面目に堅実に作っていれば技術も伸び、成長していくことができた。 そこから先の日本経済が低迷した時代には、経営の重心を技術からマーケティングに移行するという大きな変革を起こしたことで、さらなる成長を遂げることができたということですね。

「Towards a Further Leap 2020」で、さらなるグローバル化とESG経営に邁進

森辺: 御社の中期経営計画 「Towards a Further Leap 2020」の概要と経過についてお聞かせいただけますか?

対談風景 清水: 「Towards a Further Leap 2020」は当グループが2017年に策定した中期経営計画。 2030年の「ありたい姿」と、その布石となる2020年の「あるべき姿」の実現に向けた施策です。

2006年を境に日本はずっと少子高齢化が進んできて、新しいものが売れない世の中になりました。 その数年前から、海外に真剣に取り組まなければ、と考えていましたね。 油脂の原料はほとんど海外産なので、当社の海外への取り組みのスタートは創業当初まで遡ります。 先ほどお話ししたように戦後の原料不足という問題があったため、新たに南方系のココヤシから作られるヤシ油や、アブラヤシから作られるパーム油に目を付けました。 その時に、現地の林からヤシを買ってくるのではなくて、現地で一次加工、二次加工までして、搾油したものを日本へ持ってくるようにしたんです。 東南アジアや中国の工場でこうした加工を行うことで、かなり早い段階でグローバル化が進んでいきました。

とはいえ、この段階ではまだ、本当の意味でのグローバルとはいえません。 ヤシ油やパーム油は世界中どこに行っても価格の相場が決まっていますが、チョコレートやクリームになると、国によって好みがちがい、価格も異なります。 日本ではお客さまのニーズ通りの商品を作れば良かったけれど、海外の各国を相手に、お客さまの細かいニーズには対応できなかったんです。 国際化はできていたかもしれませんが、グローバル化はできていなかった。そこに焦りがあって、2017年に本当の意味でのグローバル化に取り組むことに決めました。 このような背景を受けて策定したのが、「Towards a Further Leap 2020」の骨格となる4つの基本方針です。

1つ目が「コアコンピタンスの強化」。 海外では特に、「何でもある」というのは何にもないのと一緒なので、当グループの一番の強みだと思われる技術、チョコレートに集中しようと考えました。 チョコレート用油脂とチョコレート、製菓・製パン素材の事業の拡大・発展を目指そうという施策です。 2つ目が「大豆事業の成長」。 近年、植物性のハンバーガーや大豆ミートといわれるものが話題になっていますよね。 こうした商品を不二製油では設立当初からずっとつくり続けているんですよ。 成長する植物性たん白市場での展開を世界で進め、人と地球の健康への貢献を追求していきます。

3つ目は「機能性高付加価値事業の展開」。 少子高齢化の中で健康長寿を目指し、安定化DHA・EPA事業と大豆をはじめとする多糖類事業を中心に展開します。 4つ目は「コストダウンとグローバルスタンダードの統一」。 ガバナンス強化、基幹システムの構築、生産性の向上などにより、グループ全体の経営基盤の強化と収益性の向上を果たし、グローバル企業として強固な体制を築いていきます。

対談風景 森辺: 「Towards a Further Leap 2020」はさらなるグローバル化のための施策なんですね。 先日、御グループが2019年1月に業務用チョコレート生産で2位の背中が見える世界第3位となり、 今後の需要が見込める環太平洋地域では第2位の業務用チョコレート企業になったというニュースが流れましたね。 これも施策の一環なんでしょうか?

清水: 当グループにとって大きな変革が必要だと考え、ブラマー社の取得を決めました。 同社は著名な多国籍企業を含め北米で800社以上の取引先を持ち、北米4か所と中国に生産拠点を有しています。 ブラマー社が傘下に入ることにより、当グループの売上の6割が海外になりました(2019年度第1四半期)。 現在では海外に進出している日本のメーカーもさることながら、ネスレさんやマースさんといった海外のグローバルカンパニーにも当グループの商品を納めています。 このパイプをより強くしていきたいですね。

当グループは、例えば各国の法務や人事といったグローバルガバナンスがまだ不十分なんです。 早くからかかわってきた東南アジアの人たちは日本のやり方を真似してくれるところがありましたが、欧米は全然ちがい、日本よりも先に進んでいるわけです。 今、当グループには約6,000人の従業員がいて、そのうち日本人は約1,500人だけ。 グローバルガバナンスの足りない部分を埋めていかないと、当グループは伸びないと思います。

森辺: 素晴らしいですね。 ブラマー社の取得は真のグローバル化への第一歩であって、清水社長ご自身は決して今の状況に満足していない。 もっともっとグローバル化していこうとお考えなんですね。

清水: ブラマー社取得のもう1つの理由に、チョコレートメーカーとして我々より長い歴史を持っているということが挙げられます。 サステナビリティを重視する立場から、カカオ産地の教育や福祉支援にも取り組んでいるんですね。 当グループも以前から、環境・社会・企業統治への対応により持続可能な社会を目指すESG経営に取り組んできました。 当グループの憲法には、「人のために働く」という方針があります。 つまり、人の困り事を解決する。 どうやって解決するかというと、当グループの場合は「植物性食品によるソリューション(PBFS)」です。

これから先、2050年には地球の人口が98億人になり、そのうちの70億人がアジア・アフリカに集中するといわれています。 そうなった場合、最も深刻なのは食糧問題です。 栄養の要であるタンパク質は、先進国で牛をこれ以上飼うのは難しいため、牛乳から摂ることは期待できません。 肉や魚も足りなくなることが懸念されているので、PBFSによって「代替食品=サステナビリティフーズ」を提供できることは当グループの強みだといえるでしょう。 このESG経営を進めるために、2019年の4月から、CEOならぬ「C“ESG”O」という役職を作りました。 それから、PBFSの事業部門である「未来創造研究所」なるものも作り、マーケティング部門と一丸となって持続可能な社会を目指していきます。

ブラマー社を含めた今ある仕事を伸ばすことに加えて、ESG経営を進めていくことが当グループにとってのグローバル戦略になるでしょう。

SDGsの達成に向け植物性食品素材の食品で課題解決を図る

森辺: 今後のグローバル展開において、御グループが直面しそうな課題は何だとお考えですか?

対談風景 清水: 当グループのさらなる価値作りのために、プロダクトアウト型からソリューション型への転換を目指しています。 そのためには、トレンドを読むことが一番の課題になると思います。 日本国内や日本企業との提携で成功したとはいえ、国によってニーズが全く異なる中、どこの誰が何を欲しがっているかを見つける能力が大切です。 マーケティング力に優れた会社ならできないこともないでしょうが、当グループにはその能力が決定的に欠けているので、一番重要なポイントだと思いますね。

森辺: トレンドをキャッチするアンテナ力のようなものですね。

清水: そうですね。 ただし、ニーズに応えるとはいっても、世界にはたくさんの競合相手があり、自分たちの技術が合う人のニーズにしか応えることはできないので、 プロダクトアウトとソリューションを合わせたような型になっていくでしょうね。

それから、今後も尽きない大きな課題はグローバルにおける持続可能性の追求です。 例えば、我々が最高においしいジュースを研究開発したとしましょう。 その売り方を考えると、形の良さと便利さの面から、テトラ・ブリックのパッケージにストローをくっつけるわけです。 だけど、持続可能性の面から見れば、ストローを付けない方向で考えなければならない。 今、使い捨てのストローが大きな問題になっていますからね。この例えのように、過去に1番になれた商品であっても、 持続可能性への配慮が欠けていては、これからも1番であり続けることは不可能だといえます。

お陰さまで、これまでの当社のESG経営が実を結び始め、2017年から日本IR協議会の特別賞やIR優秀賞をいただけるようになりました。 当然ながら、今後も当グループがESG経営を続けていけるかどうかは多くの有識者が注目するところです。

2017/18の販売量200万トンを誇る世界シェアトップのチョコレートメーカーであるスイスのバリー・カレボー社は、 2025年までに持続可能なカカオを100%にすると宣言し、実際に動き始めています。 日本はまだボーっとしているところがありますが、世界で持続可能なカカオを調達していかなければ、チョコレート産業はつぶれてしまう。 当グループは早くから海外に出ていた分、日本の同業他社よりも危機感を持っているので、いち早く手を打ち始めました。

対談風景 森辺: さらなるグローバル化と持続可能性、この2点が御グループの今後の成長に大きな影響をもたらしそうですね。 では最後に、数十年後の御グループは、人や社会にとってどのような会社になっていると思われますか?

清水: 2050年、2060年という未来がどういう時代になっているのかは、私を含め役員たちもずっと考えています。 その時に、まずは現実の延長線上でどこまで絵が描けるかということをやはり考えてしまう。 しかし、それではダメだということが『危機感なき茹でガエル日本~過去の延長線上に未来はない~』(小林喜光 監修/経済同友会 著)という書籍に書かれています。 デジタルトランスフォーメーションがこれだけ進んでいて、その一方では地球環境の悪化による食料危機や高齢化の問題がどんどん深刻化する社会。 日本は世界中を覆う大変革から取り残されているとして、この難局を乗り切るための道筋を提言した書籍です。

これを読んで私が思うのは、こうした社会環境にある人々の問題を食品分野で解決する会社になりたい、ということ。 しかも植物性の素材で解決していくのが我々のあるべき姿だと思うんです。 おそらく数十年後も、同じように取り組んでいるでしょうね。

対談風景 森辺: デジタルトランスフォーメーション時代の消費者の問題を植物性素材の食品で解決する会社ということですね。

清水: はい。今後も当グループは、創業時の挑戦・革新のDNAを受け継ぎながら、食の課題解決による社会貢献を果たすため、常にチャレンジし続けます。 植物性油脂と大豆たん白事業を中核に、地球と人の健康を支え続ける未来創造カンパニーを目指したいですね。

森辺 一樹 (もりべ かずき)


森辺 一樹 (もりべ かずき)

スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長兼CEO
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師

1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に18年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』白桃書房)などがある。