世界26カ国へグローバル展開。先を見据えたM&A戦略で1兆円企業へ。

森辺一樹とゲストの特別対談シリーズ【グローバルの流儀】
第19弾のゲストはミネベアミツミ株式会社 代表取締役 会長兼社長執行役員 貝沼由久氏をお迎えしての対談です。

1951年、日本で初めてのミニチュアボールベアリング専業メーカーとして東京都板橋区に誕生したミネベアミツミ株式会社。 現在は長野県北佐久郡御代田町に本社工場を構え、 ベアリングをはじめとする機械加工品事業、電子デバイス、小型モーターなどの電子機器事業を手掛けている。 数々のM&Aを通じて総合精密部品メーカーとしてさらに事業を拡大。 中でも2019年2月からTOB(株式公開買い付け)を開始した、主に自動車部品を手がける株式会社ユーシンとの経営統合は記憶に新しい。 積極的なM&A戦略でミネベアミツミを売上高1兆円に近づく企業に育て上げた、代表取締役 会長兼社長執行役員 貝沼由久氏に話を聞いた。

経営統合により開発力を強化し、総合精密部品メーカーへと拡大

森辺: 御社は、1970年代から国内外でM&Aを重ね、事業を拡大されましたが、さらに貝沼社長も積極的にM&Aを進めて来られました。 まずは御社の事業内容と歴史を教えてください。

対談風景 貝沼: 当社はボールベアリングに加え、その他各種機械加工製品、回転機器、電子機器部品など、皆様の生活に欠かせない製品を世の中に送り出しています。 当社のスタートは1951年、わが国初のミニチュアベアリング専門メーカー、「日本ミネチュアベアリング株式会社」として設立しました。 まだ戦後の混乱期であり、大変な苦労をしながら事業の基礎を作っていったと聞いています。 1959年には埼玉県川口市に新工場を建設し、1963年には軽井沢工場が稼働を開始。 1986年には浜松工場で電子機器の生産を始め、事業を広げていきました。

2013年には東京都港区に自社ビルを取得し、東京本部を移転しました。 それまでも開発力の強化を着々と進めてきた中、当社にとって大きなステップとなったのは2017年、ミツミ電機株式会社と株式交換を通じて同社を完全子会社化し、 経営統合を実施したことです。 これに伴い、社名を「ミネベアミツミ株式会社」に変更しました。 この統合により、当社はベアリングをはじめとする機械部品と、電子機器を幅広く手掛ける世界でも珍しい企業に成長。 これは当社の歴史の中でも最大級のM&Aだったといえるでしょう。 さらに、2018年11月には株式会社ユーシンとの経営統合計画を発表し、総合精密部品メーカーとしてさらに事業を拡大。 来たる2020年には売上高1兆円の目標に向かい、新たな価値を創出しています。 (2019年4月10日をもって、公開買い付けは終了し、株式会社ユーシンはミネベアミツミ株式会社の連結子会社となりました。)

また海外においては、70年代にはアメリカ、シンガポール、80年代にはタイ、フィリピンで生産活動を開始。 90年代には中国へ進出するとともに、ヨーロッパでは90年代から2000年代にかけてセンシングデバイス、ワイヤレスネットワークなどさまざまな事業のM&Aを行い、 グループとしての総合力を高めてきました。 2011年にはカンボジアに新工場を完成させ、アジアは当社の生産高の約9割を占める重要な生産拠点になっています。

創業から60年余り。 お陰様で現在では、世界26カ国に113の拠点を持ち、従業員数は約10万名(臨時社員を含む)を数えるまでに成長いたしました。

対談風景 森辺: 御社はさまざまな製品で世界トップシェアを誇っていますね。代表的な製品について教えていただけますか?

貝沼: 当社の創業以来の事業がベアリングなどの精密機械加工製品です。 特にミニチュア・小径ボールベアリングの世界シェアは60%を誇ります。 2015年には、当社の高い超精密加工技術を生かして生産された外径1.5mmのスチール製ボールベアリングが、 世界最小の量産可能なボールベアリングとしてギネス世界記録に認定されました。 日本の最高峰である機械式腕時計「トゥールビヨン機構」に採用されています。 また、HDDの構成部品であるピボットアッセンブリーは80%の世界シェアを獲得しています。

森辺: 自動車の電動化や自動化を背景に、自動車部品市場は激動の時を迎えています。 このタイミングでのユーシンの経営統合は御社にとって追い風になるのではないでしょうか?

貝沼: 当社の2019年3月期の売上高は9,000億円の見通しであり、ユーシンの2018年12月期の売上高は1,486億円です。 単純に合計すると、連結売上高が1兆円を超える見込になります。 今回の統合により、自動車部品分野だけでも3,000億円規模の売上が見込め、自動車部品メーカーとしての存在感を高められるでしょう。 当社は自動車向けにボールベアリングや液晶バックライト、モーターなどを生産していて、 ユーシンは電子錠やドアハンドルなどを自動車メーカーに直接取引で供給しています。 ユーシンの販売網や自動車メーカーとの豊富なビジネスノウハウを取り込むことは、当社にとって成長市場である自動車部品分野の強化につながると考えています。

また、ユーシンは世界16カ国に53拠点を有しています。 ミネベアミツミの海外拠点はアジアが中心であるのに対し、ユーシンは欧州に多くの生産拠点を展開しており、 今回の統合で当社のグローバル展開が一気に拡大することになると見込んでいます。

日本や米国で弁護士として積んだ経験は、製造業の経営にも通じる

森辺: 貝沼社長は慶應義塾大学法学部法律学科を卒業され、日本で弁護士として勤務された後、ハーバード大学ロースクールで国際弁護士の資格を取得。 ニューヨークで弁護士をされていたという、精密部品メーカーの経営者としては異色の経歴を持っていらっしゃいますね。 貝沼社長がミネベアミツミに招かれたきっかけと、その後の歩みを教えてください。

対談風景 貝沼: 当社の中興の祖である髙橋高見は私の義父にあたります。 髙橋の招きを受けて私は1988年に取締役法務担当としてミネベア(ミネベアミツミの前身)に入社しましたが、髙橋は翌1989年に亡くなったんです。 私は入社後、業務本部長や取締役専務執行役員などを経て、 2006年、かねてより共同開発や生産委託を行ってきた松下電器産業株式会社(現・パナソニック株式会社)との合弁会社、 「ミネベア・松下モータ株式会社(2013年にミネベア株式会社に吸収合併)」の代表取締役社長に就任し、ミネベアの情報モーター事業部長を兼任する形でした。 そして 2009年、ミネベアの代表取締役社長に就任しました。

森辺: 法律と経営は異なる分野ですが、法律の知識は現在の経営に生かされているのでしょうか?

貝沼: 現在、毎日法律に直面しているかといったら、そうではないですね。 ただ、法律の知識や弁護士の経験があって良かったと思うことは2点あります。 1つ目は、実は製造業というのは体系的にできていて、まず全体像を見て、それから細かな部分を見ていかないと生産の効率化はできません。 この体系が実は法律に似ているんですよ。 法律は、必ず全体的に捉えて述べる総論が先にあり、それに基づいて項目・部門分けした各論の一つ一つについての意見や論議を行います。

私の場合、弁護士としての経験から、まず物事の全体像を見るということがすっかり身についているんですよね。 それから細かな部分の効率化を図っていくと、ものすごく生産性が上がります。 製造業においては同じ労働力で生産性が上がると、利益に直結するわけです。 そういう意味では、製造業の経営は結果的に自分に合っていたと感じますね。

それから2つ目は、上場企業としてはガバナンスが非常に重要ですよね。 私は、日米において弁護士をやってきましたので、企業経営に関する法律に通じています。 近年、よく話題に上る企業の重要課題であるガバナンスの徹底ができているのではないかと思います。 少なくとも経営者の一存で暴走するようなことは、当社にはないと断言できますね。

対談風景 森辺: 今おっしゃった2つの点は、気を付けなければならないというより、貝沼社長の場合にはもう身に沁みついてしまっているということですよね。 1つ目の法律と製造業が体系的に似ているという点について、私もいろいろと調べてみたんですが、 日本では弁護士から製造業の経営者になったという例が見つけられませんでした。 しかも、これほど大きな企業の舵を取るという例はまずないですよね。

貝沼: 確かに日本ではあまりないようですが、アメリカの経営者には弁護士出身の方が多いんですよ。 私は基本的に弁護士は製造業に合っていると思います。 というのは、訴訟をやるにせよ何にせよ、弁護士自身がリーダーシップを発揮していかなければなりません。 依頼者からさまざまな話を聞きますが、論理構成を行うのは弁護士ですし、それに基づいてチームで立証活動をしていくには、 やはり弁護士のリーダーシップが大事なわけです。 1つの裁判でいえば、「こういうストーリーで勝つ」という計画があって、それに対して証拠集めを行っていきます。 経営方針を決めて目標に向かっていくことにも、証拠集めに似たような活動やリーダーシップが必要ですからね。

弁護士と製造業の経営者はあまりにも相反するイメージがありますが、これからは日本でも私のような経歴の人が出てくるでしょう。 弁護士として独立するより、企業の法務に入ってビジネスとの接点を強く持つ人が増えているので、そうした人が、もっともっと起業していくといいと思いますね。

森辺: 確かに米国では、法律が経営の武器になり、勝つためのツール作りに役立っているという例を目にしますね。 また、2つ目のガバナンスについては、ここ10年ほど、ガバナンスの問題が大きな事件に発展してメディアを騒がせてきましたが、 貝沼社長の場合は特別に意識しなくても問題を回避できるスキルが身に付いているというのは大きいですね。

貝沼: そういうことです。 だから、何か議題があると、当たり前ですが役員会にかけますし、そこでの決定をしっかりと開示して説明をし、そして実行していく。 それは最低限必要なことだと思っています。

対談風景 森辺: では他に、米国で弁護士をされていた頃の経験で今の経営に生かされていることはありますか?

貝沼: 日本ではなく米国での経験、ということであれば、何といっても英語力でしょうね。 私がいた法律事務所には1,000人ぐらいの弁護士が所属していましたが、日本人は私1人でした。 当社の米国の現地法人の場合はそれとは真逆で、日本人ばかりで外国人が少ししかいません。 「英語を使うのはタバコ買いにいく時ぐらいだな」なんて、冗談を言っていたものです。 その点、私の米国での弁護士時代は本当に日本語を使う機会がなかったので、英語力の習得のためには非常に良かったですね。

それからやはり米国の文化。何といっても世界のグローバルスタンダードは、いいか悪いは別として米国ですからね。 米国的なものの考え方やオープンマインド、米国の文化を直接肌で感じ、学べたことは非常に刺激になり、私の財産にもなっていると思います。

森辺: 1,000人に1人というのは、かなりのマイノリティですね。 私も昔、父親の仕事の関係でシンガポールに住んでいた時に、当時は日本人学校がなかったのでアメリカンスクールに通っていました。 日本人もそれなりにいたんですが、やはり相当なマイノリティでしたね。 それまでのマジョリティにいた人生から急にマイノリティに変わるということを身をもって経験しました。 しかし、そういうある意味過酷な環境に身を置くことで得られる強さみたいなものもありますよね。

貝沼: そうですね。それから、海外にいると日本が見えるじゃないですか。 日本の中にだけいると、全部が当たり前のように感じてしまう。 外から見て初めて、日本人がどれだけ当たり前じゃないことを毎日人々がやっているのかということが分かります。 この経験も今に生かされていると感じますね。

得るものが多いM&Aは、会社の成長にとって非常に効率がいい手段

森辺: ユーシンの買収で、2020年度の目標としていた売上高1兆円が、1年前倒しでほぼ確実なものとなりました。 貝沼社長のM&Aへの考え方をお聞かせいただけますか?

対談風景 貝沼: M&Aというのは非常に効率がいい、人も歴史も売上も、全部まとめて手に入るという、会社の成長のために非常にいい手段だと考えています。 ですから、これまでもこれからも、チャンスがあればM&Aを続けていくつもりです。

森辺: 御社は既に26カ国で113拠点を数えるグローバル企業です。 貝沼社長にとって、グローバル経営で最も重要なのはどのようなことでしょうか?

貝沼: オープンマインドと情報共有の徹底ですね。 情報というのは、経営方針をはじめ、今、我々がどこにいて何をやるのかということを明確に打ち出し、 世界の全社員が同じ方向を向いて進み続けることだと考えています。

森辺: 貝沼社長のようなグローバルな感性は、日本国内でたたき上げられた経営者には、なかなか持てないと思います。 現地で一体何が起きていて、日本と現地ではどういうギャップがあるのかを経営者が理解できていない。 言葉では理解しているようでも、本筋としては理解できていないという場面をよく目にします。

貝沼: 私自身がグローバルの感覚を持っていることが果たして、どれだけ経営の役に立っているのかは分かりませんが、 日本企業の社長は現場に行かないという傾向がありますよね。 それでは現場のことが分かるはずがない。 企業の規模が大きくなるほど、社長が従業員と直接、対話することは少なくなるでしょう。 報告を聞くだけで判断するのではなく、現場の雰囲気や従業員の顔色、その辺りも直接見に行かないと分からないですよね。 そういうところはやはり、これから日本の企業や経営者が変わっていくべき点じゃないでしょうか。

対談風景 森辺: なるほど。 グローバルの感覚だけでなく、現場主義ということですね。 以前、何かの記事で、貝沼社長は買収をされる前に、いろいろな企業の現地工場を見に行ったというお話を読みました。 結果として、買収をする前から「これはいける」と肌で感じられるのだと。まさにそういうことですよね。

貝沼: 場数を踏んでさまざまな経験をしておくと、生産現場を見た瞬間に分かるんですよね。 「これは良くなるな」とか、「これは我々がやったらもっとこうなるだろう」ということが。

森辺: 現場を見るという、その1回の行為で何かが分かるわけではなく、その積み重ねによって過去の経験が生きて判断がつくようになるということでしょうか。 何度も場数を踏むことが、将来の目利きにつながるんですね。

多様なコア技術により、IoT時代にふさわしい新たな価値を創造

森辺: 今後の御社のグローバル戦略についてお聞かせいただけますか?

対談風景 貝沼: 売上高1兆円へのチャレンジを、前倒しで達成するつもりであり、詳細は今年の5月に発表する予定です。 必ず1兆円を達成できるものと確信しています。

今、考えているのは、近年メディアを騒がせているIoTや、 2020年に向けての次世代モバイル通信「5G」、そして自動運転、こうした最先端技術が当たり前の世界に、 我々パーツメーカーがどのように消費者のお役に立てるのかというところにフォーカスして、 世の中にない、あるいは、世の中が必要とする新しい部品、新しい製品を作っていける会社にしたいと考えています。 だからこそ、当社が持っていたベアリングだけではなく、 モーターやセンサー、半導体といったさまざまな技術を持つ企業をM&Aという形で手中に収めてきたわけです。 これからは、これらの技術をいかに結び付けていくかということが課題になると思いますね。

今後はさらに、自動車や住宅設備、産業機器といった分野で革新的なソリューションを世の中に送り出していくつもりです。

当社の目標は、ただ単に売上高1兆円ということではありません。 これからも創業当時と変わらない夢と情熱でものづくりに励み、本当に世界中のさまざまな立場の方たちのお役に立てること。 そして、世界中のどこにもない会社を作り上げることが私の目標です。

グローバルの流儀 特別対談シリーズ

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森辺一樹

 
森辺 一樹 (もりべ かずき)

スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長兼CEO
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師

1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に17年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』白桃書房)などがある。


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