「世界の人々にとって、なくてはならない会社」を目指して

森辺一樹とゲストの特別対談シリーズ【グローバルの流儀】
第29弾のゲストはセイコーエプソン株式会社 代表取締役社長 碓井稔氏をお迎えしての対談です。

長野県諏訪市に本社を置くセイコーエプソン株式会社は、「EPSON」のブランドで知られる情報関連機器、精密機器のメーカーだ。 すでに世界中でビジネスを展開するグローバル企業だが、それに甘んじることなく、革新的な技術や製品の開発にも余念がない。 印刷コストが90%もカット※できる大容量インクタンク搭載プリンターや、オフィスで紙の再生ができる「PaperLab(ペーパーラボ)」といった、 経済面、環境面に優れた製品は、サスティナビリティにも大きく貢献する現代社会が求めるビジネスモデルだ。 そんなセイコーエプソンの今後の戦略や課題について、代表取締役社長 碓井稔氏に聞いた。

※ 大容量インクタンク搭載モデルEW-M670FT/FTWと、レーザープリンターLP-M620Fの印刷コストを比較した場合(両エプソン製)。

2025年度までに向かうべき方向を示した長期ビジョン「Epson 25」

森辺: 「EPSON」といえばプリンターが大変有名で、知らない人はいないと言っても過言ではありませんね。 プリンター以外の事業も含め、御社の事業内容と歴史からお聞かせいただけますか?

対談風景 碓井: 当社は情報関連機器や精密機器の開発、製造、販売および付帯するサービスを提供するメーカーです。 製品分野ごとに、インクジェットプリンター、スキャナー、乾式オフィス製紙機などを扱う「プリンティングソリューションズ」、 プロジェクターやスマートグラスなどを扱う「ビジュアルコミュニケーション」、ウオッチ、産業用ロボット、 マイクロデバイスなどを扱う「ウエアラブル・産業プロダクツ」の3つの事業セグメントに分かれています。

当社の歴史は1942年、有限会社大和工業の設立に始まりました。 1956年にウオッチ事業の礎となるオリジナル設計機械式時計、「セイコー マーベル」を開発。 1959年に株式会社第二精工舎(現・セイコーインスツル株式会社)諏訪工場から営業譲受し、株式会社諏訪精工舎となります。 1961年に子会社の信州精器株式会社を設立。 1968年には初の海外生産拠点である「Tenryu (Singapore) Pte. Ltd.」を設立。 「EPSON」の由来となった世界初の小型軽量デジタルプリンター「EP-101」を発売しました。

1975年、初の海外販売拠点である「Epson America, Inc.」を設立し、同年エプソンブランドを制定。 1992年には国内全事業所および関連会社の生産工程においてフロン全廃を達成し、 米国環境保護庁より「1992年成層圏オゾン層保護賞(企業賞)」を授与されました。

2002年には米国電気電子技術者協会(IEEE)より、電子産業の発展に寄与した企業へ贈られる「革新企業賞」を授与され、 2004年、クオーツウオッチ「セイコークオーツアストロン35SQ」がIEEEの「マイルストーン賞」に輝きました。 2016年には、2025年度までの長期ビジョン「Epson 25」を策定し、創業以来培ってきたエプソンのDNAである「省・小・精の技術」をベースに、 「人やモノと情報がつながる新しい時代を創造する」会社へとさらなる飛躍を目指しています。

対談風景 森辺: 御社のDNAである「省・小・精の技術」とは、どのようなものでしょう?

碓井: ウオッチの開発・製造で培ってきた「エネルギーを省く」「モノを小さくする」「精度を追求する」といった、 ものづくりの基本姿勢が「省・小・精の技術」の原点です。 情報通信技術の進展によりサイバー空間が拡大していく中、リアル世界にいるお客様にとって、 サイバーとリアルの接点になる製品がますます重要になっていきます。 当社はリアル世界で実体のある究極のものづくり企業として、 「省・小・精の技術」を基に生み出す価値を社会に提供し続けていきたいと考えています。

森辺: そのために策定されたのが「Epson 25」というわけですね。

碓井: 「Epson 25」は2025年度までの10年間にかけて、当社が向かうべき方向を示した長期ビジョンです。 「省・小・精の技術」をベースとして生み出す新たな価値を社会に提供し続けることにより、4つのイノベーションの実現を目指しています。

1つ目は「インクジェットイノベーション」。 オフィスや産業などのあらゆるプリントを、環境性能が高く低コストのインクジェットで行い、 さらには乾式製紙機によりオフィス内での紙再生も実現します。 2つ目は「ビジュアルイノベーション」。 ビジネスと生活のあらゆる場面で感動の映像体験と快適なビジュアルコミュニケーション環境を創造し続けます。 3つ目は「ウエアラブルイノベーション」。 ウオッチのDNAを基盤に先進技術に磨きをかけて個性あふれる製品を作り出し、さまざまなお客様に着ける・使う喜びを提供します。 4つ目が「ロボティクスイノベーション」。 「省・小・精の技術」に加え、センシングとスマートを融合させたコア技術を磨き上げ、あらゆる領域でロボットが人々を支える未来を実現します。

この4つのイノベーションを起こし、オフィス環境の革新やものづくりプロセスの革新を実現することで、 持続可能で豊かな社会を作り出していきたいと考えています。

オープンイノベーションをはじめとする第2期中期経営計画で成長を加速

森辺: 2019年4月から、「Epson 25」の第2期中期経営計画が始まったそうですね。 3つの基本方針のうち、まず1つ目の「資産の最大活用と協業、そしてオープンイノベーションによる成長加速」について、概要をお聞かせいただけますか?

対談風景 碓井: 第1期の3年間では、資産、つまりすでに持っている技術やノウハウを最大限に活用することが当社の成長を加速させると考え、 新製品の開発や技術・生産基盤の整備に投資をしてきました。 従来の技術をさらに磨き上げて生み出した、高速・高品質かつ低消費電力を実現した高速ラインインクジェット複合機や、 レーザー光源を搭載した高輝度のプロジェクターといった製品に加え、 「PrecisionCore(プレシジョンコア)プリントヘッドテクノロジー」という、インクジェットのコアデバイスの開発や製造に、 かなり思いきった投資を行いました。 この第2期においては、その資産を最大活用するとともに、オープンイノベーションを強化し、 当社のプリントヘッド「PrecisionCore」に代表される高性能なインクジェット技術を、 エレクトロニクスやバイオの世界でも活用の場を広げていきたいと考えています。 また、インクジェットのアプリケーションが急速に拡大する中、ヘッドの外販も進め、対応を図っていきます。

近年、大きな注目を集めているのが大容量インクタンク方式という、従来のカートリッジ方式とは全く異なる方式のインクジェットプリンターです。 インクジェットプリンター本体に大容量のインクタンクを搭載し、ボトルからインクを注入する仕組みです。 さらに、オフィスで紙の再生ができる「PaperLab」。 使用済みの紙の文書情報を完全に抹消した上で新たな紙を生産するという、新しい資源サイクルを提案した製品です。 紙の購入量を減らすとともに、廃棄や回収の輸送にかかるCO₂の削減も期待できます。

こうした自社の技術を活用することに加え、協業やオープンイノベーションを通じ、成長の加速とともに新たな市場創出をけん引していきます。

森辺: 2つ目の基本方針として、「本社からのコントロールによる、グローバルオペレーションの強化」を掲げていらっしゃいますね。 これについてご説明いただけますか?

碓井: 当社はグローバルに事業展開をしています。 現地でお客様と直接対面しながら新しい価値を提供している以上、その国や地域に応じて自由闊達な創造性が求められます。 しかし、当社は7万人を超える社員がいる組織であり、グローバルで販売、製造ネットワークを持っているので、 1つの方向感を定めて皆のベクトルを合わせていくことも必要です。 「Epson 25」の基本方針に則り、かつ地域性を生かした方がいいと思われる領域ではそれに準じた対応をする。 本社機能が各地域の状況を把握し、臨機応変にグローバル全体を最適なオペレーションにすることです。

森辺: 本社が定めた守るべき規律や理念など世界標準化すべきものと、各国で現地適合化すべきもの。 つまりは、個々には変えるべきではない部分と、個々に変えていくべき部分を明確にするわけですね。 3つ目の「経済環境、戦略の実効性を踏まえた規律ある経営資源の投入」についてはいかがでしょうか?

碓井: 地域ごとに異なる状況に応じて創造性が発揮できるような基盤を担保するためには、経営資源の投入も大切です。 事業環境により、一気に攻めるべき時とそうではない時がある。 そのために現場の状況変化を適時的確に把握するしくみの整備が必要です。 基本方針に則って価値観を共有しつつ、臨機応変にコントロールしていくことを目標に定めています。

エプソンのDNA、「省・小・精の技術」がサスティナビリティにマッチ

対談風景 森辺: 大容量インクタンク搭載プリンターの登場は非常に革新的だと感じました。 それが今では150を超える国や地域で販売され、世界累計販売台数は4,000万台を目前とし、年間販売台数が1,000万台に迫る勢いですね。 この背景には取りも直さず、昨今重要視されているSDGsやサスティナビリティにマッチしているという点が挙げられるでしょう。 インクジェットプリンターといえば従来、「本体を安く売って、消耗品であるカートリッジで稼ぐ」というのがビジネスモデルだったように思いますが、 この大容量インクタンク方式はその真逆をいっていますね。 この点についてお話を伺えますか?

碓井: 少し前からサスティナビリティへの関心が非常に高まりましたね。 大容量インクタンク搭載プリンターは、環境面と経済面でメリットがあり、どちらもサスティナビリティに通じるものです。 まず環境面では、欧米はもちろん、中国などでも環境問題がクローズアップされてきています。 レーザープリンターの場合、トナー交換時に発生する粉じんを嫌うことがありますが、 インクジェットプリンターではそれが無いため、インクジェットの良さが見直されるようになりました。 廃棄物も、レーザーのトナーや感光体ユニットと比べると、インクボトルだけなので少量ですみます。 特に環境への意識が高い学校や病院などでは、当社のインクジェットプリンターが多く使用されているんですよ。

経済面では、カラープリント1枚が1円程度でできるため、大幅な経費削減になります。 工場で印刷する場合の費用と変わらない、あるいはそれよりも安いぐらいでフルカラーのプリントができるわけです。 ペーパーレスの時代とはいえ、たくさんの人に情報を伝え、理解してもらうためには、やはり紙にプリントすることは有用です。

従来のビジネスモデルでは1枚プリントするのにかなりの経費がかかるため、プリントするのを躊躇するようなところがありました。 スマートフォンのデータ通信料金が高い時は皆さんあまり使わなかったけれど、それが安くなったことで、 いろいろな情報を自由に見たり、使ったりできるような環境になりましたよね。 それと同じように、プリント代を安くすることで気兼ねなくプリントできるようになり、知的創造性をさらに発揮することができる。 そのような使い方をしていただくために、ビジネスモデルをガラッと変えて、大容量インクタンクという方式を生み出したんです。 また、高速、高画質、低ランニングコスト、そして低消費電力という新たな環境性能を備えた、 高速ラインインクジェット複合機を提供できるようになりました。 インクジェットであれば、従来のレーザー方式に比べて8分の1のエネルギー※でプリントできるんですよ。

※1枚あたりの電力量の比較シミュレーション。 一般的なレーザープリンターはA3カラー複合機・プリンター45-55枚/分クラス10機種を販売台数上位より選択 (2016年の出荷台数出典:IDC'S Worldwide Quarterly Hardcopy Peripherals Tracker 2017Q3)し、 各機種における印刷1枚あたりの消費電力量の平均値との比較。
TEC値は energystar.jp に登録されている値(2017年11月現在)を採用し、TEC算出条件を用いてエプソンにて算出。

森辺: 8分の1というのは驚きですね! あまり世の中に知られていないので、もっと目を向けた方がいいですよね。

碓井: 一般的なオフィスの電力のうち、8%ぐらいはプリンターや複合機が占めていることが多いんです。 これが8分の1に減らせるとなると、全体の電力の約7%が削減できます。

森辺: 環境面、経済面に優れ、サスティナビリティにも大きく貢献するビジネスモデルだということがよく分かりました。 大容量インクタンク搭載プリンターや高速ラインインクジェット複合機の他に「PaperLab」も循環型社会に貢献する製品ですよね。 御社の目指す「省・小・精の技術」を基盤とした新たな価値の提供にもつながると思います。

対談風景 碓井: 本当に今よりも暮らしやすく、豊かで幸せを感じられる。そしてなおかつ、 それが継続できるような社会を実現していくために、当社が貢献できることは何か。 他社が収益性の高いことをやっているから、そこに負けまいという後追いの発想ではなく、 やはり自分たちの強みに立脚して、新しい世界を作り出していこう、新しい価値を作り出していこうと考えました。 当社の強みといえば「省・小・精の技術」です。 それに則って開発を進めた結果、大容量インクタンク搭載プリンターや高速ラインインクジェット複合機や「PaperLab」が生まれました。

森辺: サスティナビリティを狙って開発したのではなく、もともとDNAにサステナビリティが刷り込まれていて、それに則って開発を進めていった結果、 サスティナビリティにつながる製品ができたということなんですね。

碓井: 自然にうまく合致したといえますね。 これからはサスティナビリティを積極的に意識した製品開発をしていかなければならないと考えています。

森辺: ただ、そのように従来のビジネスモデルを180度転換されて、御社の収益は大丈夫なのかと心配になります(笑)。

対談風景 碓井: いろいろなところから、「こんなことをやって大丈夫か?」なんて言われました(笑)。 従来の「本体を安く売って消耗品で稼ぐ」というビジネスモデルは、メーカーにとって一時的にはいいかもしれないけれど、 本当に社会やお客様の役に立つ製品・企業といえるかと考えると、ちょっと違うんじゃないかと。 それに自分たちが丹精込めて作ったものなんだから、お客様にはランニングコストを気にせず思う存分使ってもらいたいと考えたんです。

そこで、躊躇なく安心してどんどん印刷して生産性を上げていただこうという、他社とは全く違ったモデルにガラッと変えました。 この大容量インクタンク方式はエマージング地域で販売をスタートし、ニーズが顕在化して印刷物の必要性や重要性が再確認されました。 そこからさらに販売を拡大してきたというわけです。 とはいえ、社会の役に立って新しい世界を作り出すけん引役になることも大事ですが、 当社のサスティナビリティも大事ですから(笑)、今後は大容量インクタンク搭載プリンターを先進国でももっと強化していきます。 消費者に喜ばれるからこそ、高い収益を出せる製品の開発に力を入れていこうと考えています。

社会課題に正面から向き合い、世界の人々の「なくてはならない会社」へ

対談風景 森辺: 御社はすでにグローバル企業であり、今後もさらにグローバル化を進めていくとのこと。 日本が少子高齢化で市場自体が縮小する中、外の市場を獲っていく、特にエマージング地域を含めて広げていくことは大変重要です。 今後の御社のグローバル戦略や、グローバルにおける課題をお聞かせいただけますか?

碓井: 現在、数多くの国と地域に販売・サービス拠点や、開発・生産拠点を構えています。 エマージング地域に関していえば、これまではどちらかというと、日本の市場に向けた製品をエマージング地域で生産することからスタートし、 その流れで各国や地域において市場を広げていったという展開でした。 これからはアフリカをはじめ、新たな市場が生まれる、生活水準が高くなっていく地域にしっかりアクセスしていくことが必要だと思います。

課題になるのは、グローバル人材ですね。 これまでは企画や研究開発は日本で働く人材が中心になって行ってきましたが、 グローバルではさまざまな能力を持っている方がいるので、こうした人材の英知を結集することで、当社の価値をさらに高めていけると考えています。 そのために、海外の開発拠点をさらに増やしていきたいですね。 インドネシアや中国などでは、工場の中に設計セクションを置くという取り組みを始めています。 また、販売の現場においても、お客様と1対1で対面してサービスを展開するため、コミュニケーション能力の高い人材が必要です。 市場や消費者のニーズ、文化というものを把握している現地の人材がもっと活躍できるような場面を作り出していかなければならないと思っています。

このように、本社は日本にあっても、グローバルな人材が、それぞれの国や地域で一番いい形で力を発揮できるように、 ハード面を整えなければなりませんね。

森辺: それでは最後の質問です。 数十年後の御社は、人や社会にとってどのような企業になっていると思われますか?

対談風景 碓井: 当社が経営理念の中に掲げているのは、「世界の人々にとって、なくてはならない会社でありたい」ということです。 人々が、「私たちは今、こんなに豊かで幸せな生活を送っている」と感じていただけるような社会を作りたい。 そんな社会の実現に、当社ならではの価値を提供することによって貢献できたらいいですね。 そのためには我々自らが社会課題に正面から向き合い、「省・小・精の技術」に立脚して、協業パートナーとともに新しい価値を提供し続けることが必要です。 それが「なくてはならない会社になる」ということだと考えています。

グローバルの流儀 特別対談シリーズ

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森辺一樹

 
森辺 一樹 (もりべ かずき)

スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長兼CEO
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師

1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に17年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』白桃書房)などがある。


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