グローバルの流儀

海外売上比率8割超え – 重要なのは「世界標準化」と「現地適合化」のバランス

海外売上比率8割超え – 重要なのは「世界標準化」と「現地適合化」のバランス

Vol.32 ブラザー工業株式会社 代表取締役社長 佐々木一郎氏

古くはミシン、近年ではプリンターで名高いブラザー工業。 創業から数えると実に110年余りの歴史を持つ、愛知県名古屋市に本社を構える電機メーカーだ。 全体の8割を超えるという海外売上比率は、日本のグローバル企業の中でもトップクラスだといえよう。 2018年、代表取締役社長に就任した佐々木一郎氏は技術畑出身。 若手時代、後にブラザー工業の代表製品となるレーザープリンターの開発提案を行い、開発陣のリーダーも務めた人物だ。 2019年度からはじまる次期中期戦略策定に向けて、社長に登用されたという。 佐々木氏が考える、次なる成長に向けた戦略とは?

110年余りの歴史のもと、2021年までの中期戦略として4つの改革を推進

森辺: ブラザー工業といえば知らない人はいないと思いますが、まずは簡単に御社の歴史をお聞かせいただけますか?

対談風景 佐々木: 当社のルーツは1908年に安井兼吉がミシンの修理業を始めたことに端を発します。 麦わら帽子製造用環縫ミシンの製造を経て、1932年に家庭用ミシンを誕生させました。 1947年にミシンの輸出を果たし、その後、編機、洗濯機、掃除機、扇風機などを開発。 1954年にアメリカに、1958年にはアイルランドに現地法人を設立し、 1968年にはイギリスの大手ミシンメーカーを買収するなど、欧米を中心に世界各国へと販売拠点を拡大していきました。

1971年にアメリカのセントロニクス社と共同で小型コンピューター向けの高速ドットプリンターを開発。 また1970年代にはミシンやタイプライターなど既存製品の電子化を推進。 1982年には電子パーソナルプリンターを開発しました。 1980年代後半にはサーマル式ファクスやレーザープリンターなどを開発し、情報通信機器分野へ進出。 SOHO(Small Office、Home Office)と呼ばれるワークスタイルに対応したファクスや小型複合機を開発し、この市場でのパイオニアとなりました。

1992年には通信カラオケ事業に進出。 1990年代半ば以降は中国への生産の移管に取り組み、その後はベトナム、フィリピンでも生産がスタート。 事業ごとに複数拠点を持つ生産体制を確立しました。 2015年にはM&Aによりイギリスのドミノプリンティングサイエンスをグループ傘下に収めるなど、BtoB事業の拡大を進め、現在に至ります。

森辺: 御社の歴史の深さもさることながら、製品開発も多岐にわたっていますね。 現在の事業内容を教えてください。

佐々木: 当社は大きく分けて5つの事業を展開しています。 プリンターや複合機、スキャナーなどを扱う「プリンティング・アンド・ソリューションズ事業」、 家庭用ミシンやカッティングマシンなどを扱う「パーソナル・アンド・ホーム事業」、 産業機器、工業用ミシンやガーメントプリンターなどを扱う「マシナリー事業」、 通信カラオケシステムやカラオケ店舗運営、 コンテンツサービスなどを展開する「ネットワーク・アンド・コンテンツ事業」、 コーディング・マーキング機器やデジタル印刷機などを扱う「ドミノ事業」。 この幅広い分野で、当社ならではの製品やサービスをお届けしています。

対談風景 森辺: 御社は中長期ビジョン「グローバルビジョン21」を定め、現在は2021年度に向けた中期戦略、「CS B2021」に取り組んでいらっしゃいます。 この内容をお聞かせください。

佐々木: 「グローバルビジョン21」は、あらゆる場面においてすべての行動がお客さま第一であることを基本に、さらなる成長を目指すものです。 この実現に向けた中期戦略、「CS B2021」では4つの改革を進めています。 1つ目の改革が「プリンティング領域での勝ち残り」。 当社製品が受け持つのは、これまではオフィスの中での書類の印刷が中心でした。 しかし今、紙離れによってオフィスの中でのプリントボリュームが減ってきていて、 その反面、当社のコンパクトな複合機や、オフィス以外の印刷の需要が伸びてきています。 このような時代の流れに応じ、新たなビジネスモデルへの転換を加速させることによって、 プリンティングの領域での生き残りを図ることを一番の目標として掲げました。

2つ目の改革が「マシナリー・FA領域の成長加速」です。 BtoBの自動車・一般機械市場や、ファクトリー・オートメーション(FA)が促進できる製品に力を入れていきたいと考えています。 近年、日本のメーカーがBtoCからBtoBビジネスに軸足を移している傾向にあり、それはインフラのように止まることが許されない、 信頼性が求められるところにこそ日本メーカーの高い品質が求められているからにほかなりません。 これまで当社の事業における産業機器はどちらかというと小さなビジネスでしたが、これが伸びてきているので、 これからは力を入れてさらに発展させていくつもりです。 また、人手不足は世界的な問題なので、お客さまの省人化・自動化ニーズを捉えた製品を供給していくことが大事だと考えています。

3つ目の改革が「産業用印刷領域の成長基盤構築」。 例えば食品や薬品のラベルやパッケージなど、BtoBの印刷は非常に幅広く世界で使われています。 新興国においても、以前はマーケットで売られている食品や日用品といえば小容量の量り売りが中心でしたが、 だんだん生活レベルが向上するにつれてパッケージ売りされるようになり、 そこにラベルも付いて、製造年月日なども印刷されるようになってきました。 今後も世界人口が増え続ける限り、産業用印刷の領域はボリュームが増えていくと見込んでいます。 当社がドミノプリンティングサイエンスというイギリスの産業用印刷の会社を買収したのは、 この領域の事業をこれから大きく広げていくためなんです。

4つ目の改革が「スピード・コスト競争力のある事業運営基盤の構築」。 ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)やAIを活用した業務プロセスの変革をさらに推進し、 スピード・コスト競争力を強化していこうというものです。 これからの世の中はさらに変化が激しくなり、見通しが立ちにくいビジネス環境になっていくと思われます。 そのような中で当社がこれからもビジネスを継続していくためには、 今の仕事のやり方を見直し、無駄をなくしてより良い仕事のやり方に変えていく必要がある。 そのような業務改善を行った上で、残った仕事は自動化することで、スピード・コスト競争力を磨き続け、 当社の強みとしていこうというのが4つ目の改革です。

RPA、AIを駆使することで業務効率化を図り、スピード・コスト競争力をアップ

森辺: 4つ目の改革について詳しくお聞きしたいと思います。 企業が大きくなると、どうしても組織の中に無駄や習慣化してしまった非効率な部分が発生するもので、 各企業において多かれ少なかれ改善に取り組んでいますよね。 とはいえ、RPAやAIをうまく使いこなせている企業はまだまだ少ないのが現状です。 RPAとAIを区別してお考えということは、「RPA」はAIを内包していないシステム、 「AI」は人間の脳が行っている知的な作業をコンピュータで行うやシステムを指していますね。 御社ではRPAやAIによる業務の効率化を、具体的にはどのように進めていらっしゃるんですか?

対談風景 佐々木: AIは現在、いろいろな分野で活用されています。 特に活用が進んでいるのは、製造現場における検査の自動化ですね。 例えば、以前は作業者が目や耳で確認していたものをAIに任せています。 AIを導入することによって人間特有の見落としや作業者ごとのバラツキをなくすことができるわけです。 見て判断する、聞いて判断する、それから大量の文献を調査して総合的に判断する、といった仕事の場合はAIの方が効果的ですね。

RPAはいわゆる作業を自動化するシステムを、事務部門や開発部門、営業部門などに取り入れています。 RPAを導入する場合にはまず、今の仕事をどのような手順で行っているのかを洗い出してもらうことが必要。 この段階で、既に私どもはメリットを感じているんですよ。 従業員が長く働いていると、「この仕事はずっとこの人がやっている」という状況が生じます。 そうすると、その人の具体的な仕事の進め方はブラックボックス化していて、ほかの人は全く把握していない。 作業手順を洗い出すことによって初めて、「こんな手作業がまだ残っている」とか、 「似たようなことを隣の部門でもやっている」といった非効率な部分が明るみに出てくるんです。

対談風景 森辺: 本人はもう何年もそのやり方でやっているので非効率とは思っていなかったけれど、 洗い出すことで本人が非効率だったことに気付くことや、ほかの人が客観的に見ることで明らかになるということがあるんですね。

佐々木: 欧米企業の場合は日本よりも従業員の流動性が高いので、引き継ぎのためにある程度作業がマニュアル化や単純化されています。 日本企業の場合は、日本人が器用なことと定着率がいいことにより、 それぞれの人が自分なりのやり方でずっと仕事をこなしてきている状態が多々あるわけです。 これは気を付けないと、今後日本企業がグローバルで戦っていく上で非常に弱点になる可能性があると思いますね。

RPAというと世間的には単純作業の自動化のようなイメージがあり、 開発業務のようなクリエイティブな仕事ではRPAで効果を出すのは難しいといわれていますよね。 しかし仕事をよく分析していくと、開発の人たちがやっている仕事の中にも、 クリエイティブなものと、そうではない単純作業に近い業務や定型業務があります。 だから、あまり部門や職種でRPAに向く、向かないということは考えず、全社的に取り組みを進めているところです。

常に課題と向き合い、世界標準化と現地適合化でガラパゴス化を回避

森辺: 御社のように全体の8割を超えるほど高い海外売上比率を誇る企業は、日本では多くはありませんよね。 そんな御社が考える今後のグローバル市場、特に成長著しい新興国、中国やASEANにおける戦略についてお聞かせいただけますか?

佐々木: 中国、ASEAN、インドでは、製造業を生業とするさまざまなベンチャー企業がすごい勢いで増えてきています。 彼らは私どもが手掛ける産業機器や産業用印刷の分野におけるいいお客さまであるわけですね。 これに加えて、オフィスにおけるプリンティングもこのエリアではまだまだ伸びているので、 こうした分野のビジネスを伸ばしていきたいと思っています。 中国やインドは世界最大級の人口を抱える国なので、市場としての魅力が大きいというのが私どもの見方です。 ASEANの成長にも期待しています。

対談風景 森辺: 今後、グローバル市場において課題があるとすれば、どのような点になりますか?

佐々木: 課題はいつでもありますね(笑)。 今抱えているのは3つの課題です。 1つ目が、グローバルで通用するようなお客さまのニーズを捉えること。 例えば、日本市場で今、求められていることをグローバル向け製品の開発に取り入れるのは非常に危険で、 グローバルで受け入れられるような製品を完成させなければならないということを常に心掛けています。 2つ目は、世界各国の規制の動向に気を配り、先回りしながら対応していくこと。 環境関係の規制をはじめ、今、各国でどんどん規制が厳しくなっています。 新たな規制ができた場合に、それに適合できなければビジネスができないので、これは非常に重要ですね。

3つ目は、地域によって製品の使い方が異なること。 インドで実際にあった例を挙げると、インドでは当社の製品は「お値打ちな割には仕事に使える」というような位置付けになっていて、 実は街のコピー屋さんが、かなり当社の複合機をお使いいただいているんですよ。 ところが、店の前にドアがなくて、道の土埃が店の中にそのまま入ってくるような状況。 当社の複合機は赤茶けた土にまみれた姿で使われているんです。 開発者がインドを回ってお客さまの状況を写真に収めてきたことがあり、私も写真を見て驚きました。 これは大変だということで、土埃が中に入らないように上カバーと下カバーの間をスポンジでピッタリ塞ぐとか、 少々埃が入ってもちゃんと動くようにするとか、そういった改良を進めたんです。

森辺: 「インドを制するものは世界を制する」というわけですね。 インドの土埃の中で印刷ができれば、今度はアフリカ、ケニアの土埃にも対応できますからね。

対談風景 佐々木: それに、インドの土埃に耐えるような機構にしておけば、それよりも環境のいいところではもっと壊れにくくなります。 それはもう間違いなくお客さまのメリットになりますよね。 ただ、インド対応製品を全世界に展開してしまうと、今度はコストが課題になってしまいます。 だから、それぞれの地域やお客さまの使い方に合った製品を供給することが大切。 ローカルごとの多様化を成し遂げながらも、 コストは課題にならないようにグローバル化できるところはしていくということが大事だと思っています。

対談風景 森辺: 世界標準化すべきところは世界標準化しつつも、エリア別に現地適合化するということですね。 これは1つ目の、「グローバルで通用するようなお客さまのニーズを捉える」という課題にもつながっています。 日本の製品はガラパゴス化したといわれていますが、御社はそうならないような発想を常に持っているということなんですね。

開発者自身が現地に赴き、“At your side.”の考え方でお客さまと向き合う

森辺: 先ほど、開発者がインドを回ったというお話がありました。 日本の企業にありがちなのが、現地のセールスマンが「インドの土埃の中で使える複合機が必要だ」と言っても、 開発者が「日本の高品質・高機能な製品を売ってこい」と、両者が噛み合わない。 これが原因で海外展開がうまくいかないというケースがよくあります。 御社はそうではなく、開発者自らがインドに行って、 自分たちの製品がどういうところで使われているのかを見ているというのは、素晴らしい取り組みですね。

佐々木: 実は当社も、過去には売る人と作る人のコミュニケーションの課題がありました。 これを乗り越えようとするものの、売る人は「安くて魅力的な製品を作ってくれないから売れない」、 作る人は「せっかくいい製品を作っているのに売ってくれない、 だからコストダウンが進まない」と、お互いを見合って相手のせいにしてしまう。 そこで、「自分たちは仲間なんだから、一緒にお客さまの方を見よう」という考え方に変えたんです。 お客さまの前に出ると、自分は会社の代表という立場になる。 どこが悪くてもお客さまから見れば、「ブラザーが悪い」と、そのひと言で終わりますよね。 社内でいがみ合っていたのがいかに意味のないことだったのか、 そして、仲間として協力してお客さまをサポートするのが自分たちの仕事だということにみんなが気付いたわけです。

さらに、開発者が現場に行って自分の目で見ることにより、 販売している人たちの苦労や課題を身をもって知ることができるようになりました。 これは私自身が開発者時代に経験しています。 現地のセールスマンが頑張って営業しても、 バイヤーから「ブラザーのプリンターなんて安物で全く価値がないよ」と、 散々ひどいことを言われている姿を目にしたんですね。 その時、セールスマンが苦労しなくてもお客さまに売れる製品、むしろ、お客さまの方から、 「お願いだから、ブラザーを買わせてください」と言ってもらえるような製品を作ることが開発者の使命だと感じました。 このように、現地で受けるインパクトはものすごく大きいので、今は積極的に開発者に出て行ってもらうようにしています。

対談風景 森辺: このような話はいろいろなところで聞きますし、議論もされますが、 現実的に御社のようにうまくいっているケースはなかなかないですね。

佐々木: 当社のロゴマークには“At your side.”というコーポレートメッセージが入っています。 “At your side.”とはお客さまの立場で考えるということ。 このロゴマークができてから20年以上になった今、少しずつ従業員に浸透してきたものが形になったといえるかもしれませんね。

開発者を現場に行かせると決まったのは7年ほど前です。 当初は、部門長から「最近の若者は外に出たがりませんよ」とか、 「技術が細分化されているので、お客さまの前に出ても役に立ちませんよ」とか、かなり反対を受けました。 しかし、やってみたら開発者の成長が目に見えるものですから、 2カ月もすると部門長は「佐々木さん、やっぱり外に出さないと育ちませんね」と(笑)。

森辺: “At your side.”の考え方には20年ほど前から取り組み、 7年ほど前からの開発者の現場派遣でさらにマインドが変わっていったんですね。 この取り組みと、先ほどお話にあったガラパゴスにならないグローバルな考え方、 これが御社が8割を超える海外売上比率を誇る理由だと感じました。 最後に、今後の展望をお聞かせください。

佐々木: 当社の長い歴史を振り返ってみると、例えばミシンができる前は全て手縫いだったわけで、時間がかかり、大変な苦労でした。 それが当社のミシンによって、短時間で簡単にできるようになりました。 タイプライターやプリンターも、時間と手間をかけて手で書いていたものが、当社の技術により短時間できれいに書けるようになったわけです。 つまり、人間がやっている仕事を短時間できれいにできるようにするというのが当社の役割だと考えています。 今後もずっと“At your side.”の精神のもと、優れた価値を迅速に提供することで、お客さまに喜んでいただきたいですね。

森辺 一樹 (もりべ かずき)


森辺 一樹 (もりべ かずき)

スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長兼CEO
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師

1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に18年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』白桃書房)などがある。