日本型経営で大躍進。「素材」で社会を変える企業

森辺一樹とゲストの特別対談シリーズ【グローバルの流儀】
第37弾のゲストは東レ株式会社 代表取締役社長 日覺昭氏をお迎えしての対談です。

東京都中央区日本橋に本社、大阪市北区中之島に大阪本社を構える東レ。 1926年、レーヨン糸の生産会社としてスタートし、現在では繊維や樹脂をはじめとする多くの素材や繊維製品などを取り扱う大手企業だ。 日本国内はもちろん、世界26の国と地域で事業を展開し、「素材には、社会を変える力がある。」というキャッチフレーズの通り、 新素材という価値の創造により社会に貢献している。 「日本から日本型経営、即ち『公益資本主義』を世界に発信する時が来た」と語る、代表取締役社長 日覺昭氏。 さらなる事業拡大を目指す東レの経営方針とは。

「新しい価値の創造を通じて社会に貢献」を経営理念に、90余年

森辺: 東レといえば、家庭用浄水器「トレビーノ®」や東レキャンペーンガールでもおなじみの、日本を代表する各種素材のメーカーですね。 簡単に御社の歴史と事業について教えていただけますか?

対談風景 日覺: 当社は1926年、「東洋レーヨン株式会社」というレーヨン糸の生産会社として滋賀県に誕生しました。 パルプを原料とするレーヨンは人類初の化学繊維であり、天然繊維の絹糸に似た光沢があるとして当時、大変な人気を呼んだと聞いています。 1970年に東レ株式会社へ社名変更。創業以来、基礎素材メーカーとして新分野や新素材の開拓に励み、繊維に加えて樹脂、ケミカル、フィルム、 さらには炭素繊維複合材料、電子情報材料、医薬・医療、水処理・環境といったさまざまな分野において多くの素材や製品を生み出してきました。 現在、東レは日本を含む世界の26の国と地域で事業を展開しています。

東レの企業理念は、「私たちは新しい価値の創造を通じて社会に貢献します」というもの。 この企業理念のもと、経営基本方針として、株主、お客さま、社員、地域社会を含めた「社会」全体の発展、成長に貢献して、 社会とともに持続的に成長していくことを目指しています。

対談風景 森辺: 2010年に日覺社長が就任されてからおよそ10年。2009年度の連結売上高は1兆3,596億円でした。 それが、現在、2019年度見通しは2兆3,300億円とのことですから、この10年で、連結売上高が約1兆円上積みされたことになります。 この10年の軌跡をお聞かせください。

日覺: 東レでは具体的な経営の進め方として、将来、どのような社会になるのか、その社会の課題を解決するには何が必要かを考え、 それを達成する目標として長期経営ビジョンを作成します。 東レは基礎素材メーカーなので、どんな素材で社会貢献ができるのかを考えるわけです。 例えば自動車メーカーなら自動車しか作りませんが、東レは高分子化学、有機合成化学、バイオテクノロジー、 ナノテクノロジーといったコア技術から優れた素材を生み出すことで、幅広い事業や用途に展開できます。

そして長期ビジョンを達成するために、3年間で、どのような課題解決に取り組むべきかを検討し、中期経営課題として推進するんです。 2011年2月に、2020年近傍の東レのあるべき姿を展望して、長期経営ビジョン“AP-Growth TORAY 2020”を発表しました。 目指す連結売上高は3兆円です。 それから3年ごとに中期経営課題に取り組んでくる中で、長期経営ビジョンの達成が見えてきました。

具体的な取り組みとしては、地球環境問題や資源・エネルギー問題の解決に貢献する「グリーンイノベーション事業」と、 医療の質向上、医療現場の負担軽減、健康・長寿に貢献する「ライフイノベーション事業」の拡大に向けて総合的、かつ強力に推進しています。

森辺: では、今後10年の経営課題についてはいかがでしょうか。

対談風景 日覺: 次の10年については、今、まさに検討しているところです。 2011年当時は化石資源の枯渇が最大の関心事で、開発の方向も脱石油のバイオ素材に向いていましたが、 2016年頃から石油はまだまだ出てくることが分かりました。 化石資源の枯渇よりも深刻になってきたのは、海洋プラスチックごみをはじめとする環境問題です。 これが、前回の長期ビジョンを打ち立てた時から大きく変わった点ですね。 この流れは10年後でも、基本的には大きくは変わらないと予想しています。 東レが推進している「グリーンイノベーション事業」において、 この課題に積極的に取り組み、2030年近傍については売上高5兆円を目指したい考えです。

森辺: 近年、「SDGs(持続可能な開発目標)」や「ESG(環境、社会、コーポレートガバナンス)投資」といった言葉がよく聞かれるようになりましたが、 御社の場合は今、問題視されている環境課題を解決できる要素をたくさんお持ちだということですね。

日覺: 東レはずっと社会的課題に取り組んできているので、「SDGs」や「ESG投資」と言われても、「今さら?」という感じですよ。

森辺: ようやく世界的な流れが御社に追い付いてきたという感じですね。

日本の産業を支える素材のイノベーションで社会を変える

対談風景 森辺: 近年、ハード単体のイノベーションは生まれにくく、ソフトのイノベーションも日本企業は欧米や中国企業から遅れをとっています。 今後、日本企業がどのようにグローバルで発展していけばいいのかを考えた時に、 御社のキャッチフレーズである「素材には、社会を変える力がある。」というのはまさにその通りだと思いまして。 「素材によるイノベーション」により、日本企業は再び世界で勝つチャンスがあるのではないでしょうか。 素材が秘めた力や素材によるイノベーションの可能性については、どのようにお考えですか?

日覺: 東レが手掛けるような素材産業と、家電に代表される組立産業では、考え方や進め方が大きく異なります。 組立産業は今のニーズに応えるために、今手に入る一番いい材料を集めてきて組み合わせることが重要です。 しかし、素材の開発には時間がかかりますし、技術の蓄積がないと革新的な素材を開発することは不可能。 長期視点での経営が非常に重要になるんです。

ユニクロのヒートテックやウルトラライトダウンに代表される高機能衣料品はファッションシーンを一変させました。 炭素繊維を全面的に採用したボーイング787は、燃費の向上やCO2排出量の削減だけではなく、快適な空の旅にも貢献しています。 水処理膜は世界的に進行する水不足問題を解決。 そして、高機能なフィルムによってディスプレイは薄型化し、PCやスマートフォンの高性能化につながりました。 現在もてはやされているAIも、高速演算素子や半導体の進化によるものであり、IoTもそれを支える素材の進化によって実現しています。

今、現実にイノベーションを起こしている主役は誰かというと、結局、素材なんですよね。 記録メディアにしても、昔はフロッピーディスクで、容量の大きい写真1枚入れただけですぐにいっぱいになってしまいましたが、 今ではマイクロチップに膨大なデータが入るようになりました。 これは素材の進歩があったからこそできたことです。

森辺: そうですよね。 実は基礎素材が日本の産業を支えているのに、素材に対する注目度が低すぎるような気がします。

日覺: 売上の面でも、素材というのは1桁小さいような印象なんですよ。 1枚のシャツでいうと、たとえば、糸なら20円から30円、テキスタイルは50円から100円、それをピシッと縫製して、しかもブランドが付くと5,000円や1万円になります。 1桁違うという意味がお分かりでしょう。 東レの2020年近傍に連結売上高3兆円という目標は、組立産業でいうと10兆円から15兆円のインパクトがあります。 それだけのことをやるというのは、社会に与える影響は大きいので、まさに、素材には社会を変える力があると思うんですよ。 私は社員に対していつも、素材メーカーとして誇りを持つようにと話しています。 重要なことは、長期的な視点で将来の社会に貢献できるかどうかであり、 その素材を継続させるかどうかは単に収益の観点だけでなく、社会貢献の観点から判断しなければなりません。

グローバルでは地産地消、スタッフの育成で現地社会の発展に貢献

森辺: 2000年当時には20%だった御社の海外売上比率が、現在では54%を超えていて、まさにグローバル企業と呼ぶにふさわしい成長だと思います。 今後のグローバル戦略についてお聞かせいただけますでしょうか。

対談風景 日覺: 国内はずっと維持していきたいので、国内をやめて海外に行くという考えは一切ありません。 研究や技術開発を含めて、やはりしっかりと国内で長期視点の経営を行っていく必要があるからです。 その上で、東レの事業拡大のステージは海外にあると考え、中期経営課題では成長地域での事業拡大を目指して、 「AE(Asia,Americas,Europe,and EmergingRegions)プロジェクト」にも取り組んできました。

東レの海外事業における重要な考え方として、「地産地消」があります。 売上高の比率が海外の方が高くなっただけではなく、繊維や樹脂、フィルム、炭素繊維といった主要な製品の生産も、7、8割が海外。 顧客があり、消費地である場所に生産拠点を構え、そこで製品を供給するということには、 為替変動の影響を受けにくい体制作りやレスポンスの速さといった面ももちろんあります。 加えて何よりも、東レは売りっぱなしではなく、高機能素材を使った最終製品の開発を、顧客と一緒に行っていくために、地産地消を基本にしているんです。

東レは早くから東南アジア、アフリカ、中南米などへ海外進出していましたが、 1985年のプラザ合意以降、円高や韓国、台湾の追い上げなどにより日本の繊維事業は窮地に追いやられ、東レも東南アジアを残して撤退しました。 その後は東南アジアに注力して立て直し、グローバルオペレーションに取り組んでいったんです。 その中で、交易条件はいつの時代も変化するものなので、その影響を受けない地産地消を経営の基本方針とするに至りました。 この方針に則って事業を拡げていったところ、東南アジアを輸出基地として使えるまでに成長することができたんです。

森辺: よく「失われた20年」などといわれますが、御社の場合は1990年の売上高が9,000億ぐらいだったものが、どんどん伸びていきました。 海外売上比率も30%以上の伸びですよね。 全然失われていないですね(笑)。

日覺: そう思いますよ。 東レのグローバル展開の目標は、「その国・地域社会の発展に貢献する」こと。 よくある、低賃金による労働コストの安さを求めての海外進出ではなく、福利厚生を整え、現地スタッフにきちんと教育をし、 スキルを身に付けて成果を上げれぱ、それに見合った処遇を行う。 こうした方針で長年事業を続けてきたことで、東レ流の経営を身に付けたナショナルスタッフの幹部が育っていて、 さらに登用された多くの社長が現地企業を経営し、いずれも好業績を上げています。

日本型経営、公益資本主義を世界に発信する時が来た

森辺: 日覺社長は以前から、「日本企業は欧米型経営の真似をするのではなく、日本型経営を貫くべきだ」という考えをお持ちですね。 これまでのお話であった社会貢献や人材育成の面も日本型経営の要素の中に含まれるものと思います。 近年、欧米でも「会社は誰のものなのか」といった議論が頻繁にされるようになりました。 日覺社長が考える「日本型経営」とはどのようなものなのでしょうか。

対談風景 日覺: 現在、欧米、特に米国で主流とされているのは、金融資本主義の考え方に基づく株主資本主義です。 企業は株主のものであり、株主価値を上げることが企業価値を上げることだとするもの。 この考えの下では、企業は短期的な利益を上げることを求められ、株主の代表としての経営者が、 採算の悪い事業の撤退、売却や大幅な人員削減などを行い、その結果、利益を上げた見返りとして大きな報酬を得ることになります。 しかし、近年では欧米でも、株主資本主義を良しとしない考え方が広がりつつあり、変化が出てきているようですね。 たとえば、2019年の8月には、米国主要企業の経営者団体であるビジネスラウンドテーブルが「株主第一主義」を見直し、 従業員や地域社会などの利益を尊重した事業運営に取り組むことを宣言しました。

一方、日本ではどうかというと、東レだけではなく、日本企業は元来、「企業は社会の公器」、 つまり「社会貢献こそが企業の使命である」という公益資本主義的な考えを持っています。 日本の企業経営者の多くが持つ高い倫理観は、今、欧米でも見直されている考え方に近い、世界に誇れる企業文化だといえるでしょう。 私は、企業価値のうち、株主は2割程度で、8は社会貢献だと考えているんですよ。 株主はもちろん重要ですが、それだけではなく、顧客や従業員、地域社会など、 あらゆるステークホルダーにとって利益になるような社会貢献を行うことがより大切です。

対談風景 森辺: 平成初期に生まれたミレニアル世代の学生は、企業がいかに社会貢献をしているかが重要だと考える人が多くなり、 日本でも、社会貢献する企業、事業に身を投じたいという若者が増加しています。 社会貢献していないと優秀な若者を獲得できなくなっているんですね。 日本企業にはもともと公益資本主義的な考えがあったものの、現在では欧米の金融資本主義に毒されているところが大半ですが、 日覺社長は日本型経営の大切さをずっとおっしゃっています。 御社の日本型経営の具体例としては、どのようなものが挙げられますか?

日覺: 具体的には「人を基本とする経営」、従業員を大切にすることが社会貢献の出発点だと思います。 日本型経営の特徴の1つが終身雇用。 これは競争がないため弊害があるといわれていますが、首を切られて喜ぶ人間は1人もいないですよね。 私は終身雇用だからといって競争がないとは思いません。 お互いが切磋琢磨し合い、それぞれの能力に応じて会社に貢献しようとする、チームワークによる成果が期待できるという大きなメリットもあります。 東レの経営の基本的な考えは「雇用を守る」ということ。 従業員を、業績に応じて解雇するなどして調整する「比例費」ではなく、「固定費」と考えて、育成を通して会社のパフォーマンスを上げようと注力しています。

2018年に買収したアメリカのTenCateという会社で、経営幹部に東レの経営方針をいろいろと説明したところ、 幹部の1人が「『人は固定費』と言われてすごくうれしい」と言っていました。 終身雇用は日本独特のシステムかもしれませんが、素晴らしいと思っています。

特殊な素材の開発には時間がかかる。炭素繊維にしても水処理膜にしても、日本企業も欧米企業も開発をスタートしたのは1960年代。 一緒にスタートを切ったんです。ところが、当時の欧米企業は金融資本主義だから、2、3年経って成果が出ない時点でみんな撤退してしまった。 日本企業はただひたすらに開発を続けたので、結局、特殊な素材はほとんどが日本製ということになりました。 それが、やはり正しかったという証拠じゃないかなと。 色々なことが大きく変わってきた今、この時こそ、日本から日本型経営、即ち公益資本主義を世界に発信する時が来たといえるでしょう。

森辺: 御社はこの10年で売上高1兆円を上積みされました。 公益資本主義のもと、グローバルで成長できるということを証明されたわけですね。 これからの社会的な課題を解決するところに企業の価値がある時代には、再び日本が返り咲く可能性も十分あるということでしょうか。

対談風景 日覺: そうですね。かつては金融資本主義で儲けて「Japan as No.1」といわれましたが、 これからは社会貢献の面で、もう一度「Japan as No.1」といわれる時代が来ると期待しています。

森辺: 最後に、今後の展望をお聞かせください。 数十年後の御社は、人や社会にとってどのような会社になっていると思われますか?

日覺: 東レは今後も、新しい価値の創造を通じて地球環境問題や資源・エネルギー問題の解決に貢献し、 人々が願う健康的な社会生活の実現を目指していきます。 社会貢献こそが会社のあるべき姿という考えは、たとえ何十年経っても変わるものではありません。 時流に迎合するのではなく時代に適合しながら、素材の力で地球規模の問題解決に貢献する企業であり続けることが、 東レの持続的な成長拡大に必要なことであり、存在意義だと考えています。 数十年後には、東レは社会に必要とされる会社の筆頭になっているでしょう。 それが東レの企業理念、「新しい価値の創造を通じて社会に貢献する」の具現化だと考えます。

中長期の視点では、2018年7月に発表した「東レグループ サステナビリティ・ビジョン」の中で、 2030年度に向けて東レが取り組む指標として、2013年度を基準に数値目標を設定しました。 グリーンイノベーション製品の供給を4倍に拡大し、バリューチェーンへのCO2削減貢献量を8倍に拡大する。 ライフイノベーション製品の供給を6倍に拡大する。 水処理膜により新たに創出される年間水処理量を3倍に拡大する。 生産活動によるGHG排出量の売上高原単位を、再生可能エネルギーの導入などによりグループ全体で30%削減する。 そして生産活動による用水使用量の売上高原単位をグループ全体で30%削減する。 こうした具体的な数値を目指して取り組んでまいります。 そのために、まずは1年1年の予算について、より高いストレッチ目標を立てて、しっかりと達成していくつもりです。

対談風景

グローバルの流儀 特別対談シリーズ

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森辺一樹

 
森辺 一樹 (もりべ かずき)

スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長兼CEO
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師

1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に18年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』白桃書房)などがある。


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