公開日:2016年9月15日
改善と革新、その先に現地化がある
Vol.9 乃村工藝社 執行役員 杉本伸氏
空間創造、空間活性化の事業を手がけるリーディングカンパニー
森辺: 乃村工藝社様は2012年に創業120周年を迎えられたそうですね。海外での事業展開も注目されていますが、まずは御社のルーツや歴史を教えていただけますか?
杉本: 弊社のルーツは、1892年に、創業者である乃村泰資が四国・高松の芝居小屋、「歓楽座」に大道具方として採用されたことに端を発します。 当時の大道具職人が急病になり、馬の着ぐるみの制作が間に合わないという事態に陥っていた時に、 その場に居合わせた泰資が代役を務め、1日半で見事な着ぐるみを作り上げたそうです。 泰資は舞台で主人公と愛馬の別れの場面に、馬の着ぐるみの目から一筋の涙がこぼれ落ちるという「からくり」を施し、 それを見た観客は驚きと感動でどよめいたと伝えられています。
1909年に建設された旧国技館では、大相撲の興行だけではなくさまざまな集客イベントが催されていましたが、 その中で泰資は「段返し」という、舞台下からのせり上げ、天井からの吊り下げ、舞台袖の書き割りを駆使した大掛かりな演出を手がけました。 大いに観客を喜ばせたこの「段返し」は、乃村工藝社の原点であると同時に、 その創造性から日本におけるディスプレイ史のエポックとしても多大な評価を受けています。
その後、長い歴史の中で、1970年の大阪万博、1985年のつくば科学万博、2005年の愛知万博におけるパビリオンをはじめ、 数々の集客空間の内装・展示の設計・施工をおこなう「空間創造事業」、運営やメンテナンスにより創り上げられた空間がより活性化され、 人々のにぎわいを高めていく「空間活性化事業」を手がけ、現在に至っています。 弊社が手がけるプロジェクトは年間7,000件以上。その約80%は、毎年ご用命いただいている顧客からの依頼によるものです。
森辺: 御社は空間創造事業における日本最大手の企業だといえるのではないでしょうか?
杉本: 内装ディスプレイ業界というものが立ち上がったのは大阪万博が終わる頃になりますが、少なくともこの業界においては売上げ、 規模ともにリーディングカンパニーに位置付けられると思います。
森辺: 空間創造事業と空間活性化事業とは、具体的にどのようなものなんですか?
杉本: 「空間創造」というのは文字通り、いろいろな空間を作る、生み出す事業です。 グループ会社には一部、中規模な建設を行う会社がありますが、弊社は建設業ではなく、内装ディスプレイ業に属します。 その内装ディスプレイを行うこと自体を空間創造事業に位置付けています。 建設に付随する内装に加え、イベントや展示会におけるブースの設営、博物館や美術館などの展示内装、 それから海外のラグジュアリーブランドをはじめとする小売店舗などの内装も請け負っています。
また、「空間活性化」というのは、作られた空間において集客性を高めていくための事業です。 例えば内装ディスプレイを行った空間の運営を行うこと。 その空間に合うイベントを作り上げたり、来場者が回遊しやすいような方法を考えたり、 周辺で販売するグッズや飲食を考案したりといった業務を空間活性化事業と呼んでいます。
過去の海外事業からの撤退をバネに、アジアで再スタート
森辺: 次は御社の海外事業についてお聞きします。 どんな業種、業態においても、日本では少子高齢化に伴い国内のマーケットの伸びに限りがあるということを弁えていて、 海外に新しいマーケットを開拓していくことを検討しています。 そんな中で、内装ディスプレイ業において日本最大手の御社が海外でどんな取り組みをしているのかは、注目が集まるところだと思うんですが。
杉本: 弊社は国内では業界最大手で今は堅調ではありますが、2020年の東京オリンピック以降、現在の建設ラッシュやリニューアルラッシュが終わった後には、 それまで通りにはいかないでしょう。そこで次なるマーケットということで、海外も重要視しています。
弊社は約25年前から海外事業には着手していますが、当時の弊社の海外事業というのは、 日系の取引先企業の海外進出に合わせたものでしたので、プロジェクト単位の仕事が主でした。 そのため、北京現地法人が設立する約10年前までは、プロジェクトが完了すると我々も拠点を閉め、また再開するなどのスタイルでした。
翻って現在。 今度はかつてのようなものではなく、自ら仕掛ける海外事業を展開していかなくてはなりません。 空間創造や空間活性化事業で得たノウハウを、海外という市場でどうやってビジネスとして展開するかを本気で考え、しっかり意志をもって出て行く。 そのようなフェーズに入り、今まさにスタートしたところだといえるでしょう。
森辺: 今はちょうど、ニーズに応じて海外事業を進めていったところから、より攻めの海外事業への転換期に入っているということですね。
杉本: まさに、今後弊社が成長していく上で海外事業への取り組みが重要だということは、弊社のトップをはじめ誰もが思っています。 そのためには今までとは違うやり方を取らなければならない。 私自身もその部分を考えながら海外事業を進めているところです。
森辺: そうすると、闘いの土俵が日本国内から世界に広がっていっているということですね?
杉本: 世界というと大きな話になりますが、弊社の現地法人が中国とシンガポールにあり、支店が香港にあります。 そういう意味ではアジア中心ということになりますね。 また、さまざまなラグジュアリーブランドの本社があるニューヨークとミラノにオフィスを構えています。 そこでは事業というより、ラグジュアリーブランドをはじめとする企業とパイプを作る意味に加えて、 それらのブランドのコンセプトデザインを作る会社との連絡窓口としての意味で、2拠点を置いています。
マーケットとしては世界を視野に入れつつ、直近のテーマとしては、やはりアジアをまずしっかりと地固めすることがスタートになります。
ライブハウスや劇場で、ハードとソフト両面からの事業を展開
森辺: 海外ではどのような事例を手がけているのか、お聞かせいただけますか?
杉本: 一例を挙げると、シンガポールの現地法人である「NOMURA DESIGN AND ENGINEERING SINGAPORE PTE. LTD.」が、 総合エンターテインメント事業を展開するアミューズの海外連結子会社である「AMUSE ENTERTAINMENT SINGAPORE Pte., Ltd.」の依頼を受けて、 音楽というエンターテイメントコンテンツを発信する拠点として、 若者が集うライブハウス「MILLIAN(ミリアン)SINGAPORE」のデザインから施工までを手掛けています。
2016年2月19日にオープンになりましたが、それまでシンガポールには設備の整った1000人規模のライブ会場がありませんでした。 「MILLIAN」には、この規模の会場ではトップクラスの照明、音響、映像機材が常設されていて、シンガポールにおけるライブシーンが活気を帯びることはもちろん、日本のアーティストのアジア進出の足がかりになることも期待されています。
また、中国では、商業施設やブランド店舗の仕事に加えて、クールジャパンの象徴といえるような日系企業のショールームや中国系映画会社の新施設など弊社の持っている空間創造技術を融合させることで文化の発信地にもなる施設が実現しました。
森辺: 空間創造には、箱=ハードだけではなく、中におけるコンテンツ=ソフトも重要ですもんね。 ハードとソフト両面が融合してこそのエンターテイメントということですね。
杉本: 空間というのは、ハードとソフトがあって、初めて人のにぎわいができたり、喜びがあったり、感動があったり、笑顔があったりする、というのが空間創造の原点ですよね。 まさに弊社が取り組む空間創造事業がハード、空間活性化事業がソフトを提供することだといえます。
ただ単に箱を作っても人は来ない。 コンテンツをどうするかが肝心です。 弊社が自ら何かのコンテンツを提供することもあるし、他からコンテンツを持ってきて、そこに移植することもあるでしょう。 海外でハード面とソフト面が融合するような事例を手がけることは、これまで弊社にはなかったので、そういう事例が出てきたことはうれしいですね。 創業者の乃村泰資もきっと喜んでいると思います(笑)。
もちろん、私自身もすごく楽しんでいます。 現在、海外においても当社が内装をお手伝いするだけでなく、ソフト面も含めた発信事業を検討しているところです。 今後、さまざまな事業が展開していくと思います。
森辺: ハードとソフトが融合したエンターテイメントは今後、海外で育っていくということですね。他にはどのような事業が海外事業を支えているのでしょうか?
杉本: 日本の弊社の事業とは異なる部分としては、海外におけるもうひとつの事業の柱が、今、育とうとしています。 それはどういうものかというと、店舗の空間を作る際には、必ず商品を陳列するための棚や什器が必要になりますよね。 そのデザイン性や機能性も、ブランドの重要な要素になるわけです。 そういった什器を弊社の海外部門が工場から調達したり、制作を行ったり、日本や第三国に輸出したりといった事業も展開しています。
2015年5月に、JR大阪駅直結のビル「ルクア1100(イーレ)」に「梅田 蔦屋書店」がオープンし、西日本では初の出店として話題を集めました。 ビジネスパーソンに向けた働き方やライフスタイルを提案する書店として、スタイリッシュさやスマートさが求められる新しい業態の空間ですが、そこで使われている什器は中国の乃村工藝建築装飾で制作したものです。 什器関連の事業は、現在は中国を中心にしていますが、今後はどんどんフィールドを広げていく予定です。
過去を分析し、経験として活かす。海外における『改善』、そして『革新』へのチャレンジ
森辺: かつての闘い方から次のステージの闘い方への転換に取り組む中で、杉本さんが最も重要視しているのはどのようなことですか?
杉本: まずひとつ目は、過去の取り組みを分析し、経験として今の海外事業に反映する、つまり『改善』をテーマにして進めていかなければならないと思っています。 もうひとつは、次なる飛躍のためのチャレンジが重要なので、今までとは発想を変えて、『革新』をテーマにした事業の進め方を新たに加えていくことが大切だと思います。 『改善』と『革新』、その両方を進めていくことによって現地化し、新しい競争の次元に導いてゆくことを目指したいですね。
森辺: 『改善』と『革新』なんて、格好いいテーマですね(笑)。 今までの経験も含めて御社にとっての力になっているはずなので、過去を分析して、その中からいいものを抽出して、まずは『改善』を目指すわけですね。
杉本: 諦めた瞬間に失敗で終わってしまいます。 出来たこと、出来なかったこと。 やったこと、やらなかったことを分析し糧にして、成功へ進むためのプロセスだと考えたいですね。 何もやっていなければ『改善』することはできませんが、弊社は確かにやってきているので、それを活かして、さらに良くしていく。 そこから始めて、新しく生み出していくことは、すべてが挑戦であり、『革新』だと思います。
森辺: いい言葉ですね。 『改善』の土台を作った上に、チャレンジという意味で『革新』を載せていくと。 その通りですよね。 日本企業にありがちなのが、今までやってきたことで失敗すると、失敗というひとつの結果として終わらせてしまう。 過去の失敗の要因を分析することをまったくやらずに、過去とは異なる新しい方法をいきなり始める。 その繰り返しです。
杉本: それに加えてありがちなのは、プロジェクトなどで失敗したときに人のせいにするケースですね。 誰々がやったからうまくいかなかったと。 それもないわけではないと思いますが、会社がその時代に合ったやり方をジャッジできなかったことが原因なこともあると思います。 だからやはり、過去の取り組みを分析し、成功に進むためのものに活かし改善していく、ということが大切なのではないでしょうか。
森辺: 今までの経験も含めて御社にとっての力になっているはずなので、過去を分析してその中からいいものを抽出する『改善』の土台を作った上に、チャレンジという意味で『革新』を載せていくと。 これは海外進出を目指す日本企業にとって非常に役立つ重要なポイントだといえそうです。
『経営の現地化』が、より早く事業の発展につながる手段
森辺: 杉本さんはよく、企業がグローバル化するため、海外事業に成功するためには、「現地化」がとても大切だとおっしゃっていますが、杉本さんが考える「現地化」とはどのようなことなのでしょうか?
杉本: 経営をいかに現地にマッチした形にしていくかが、海外事業を展開していく上で非常に重要だと思います。
私自身、過去に中国へ赴任したことがありましたが、日本でやってきた、いわゆる「成功体験」をなかなか捨てられないんですよね。 最初は私もそうでした。 「たぶんこうやったらうまくいくんじゃないか」と、日本で得た経験測を海外にも持ち込んでしまうんですよ。 悪いことばかりではないのですが、それだけに頼ると、うまくいかないことが往々にしてあります。 これはやはり、現地に行って、現地の経営に自ら携わらないと感じ取れない部分だと思います。
「郷に入れば郷に従え」というように、その国やその地域に合った経営の仕方があります。 ただ単に自分たちが儲かることをやればいいという近視眼的なものじゃないですよね。 自分たちの会社の使命として、持っているリソースをその国へ提供することによって、その国で働く社員の方々、そしてそこで仕事を通じて創り上げた空間に集まる人たちがどうすれば歓びを感じてもらえるか、ということを考えなければ事業は続きません。 その答えを一番知っているのは現地の人々です。
その人たちをマーケティングしなくては何も生まれない。 だから、現地のことを知り、現地の人々のことを理解し、そして我々のこともわかってもらった上で、いかにそれをいい形で経営に結び付けていくかが重要だと思っています。 『経営の現地化』を進めていくことが、より早く、その国ごとの事業の発展につながっていくのではないかと。
森辺: 日系企業の現状を見ていると、『経営の現地化』はすぐにはできませんよね。 そもそもそれを考えていない大手企業や、名ばかりの現地化を進めているような企業も結構います。 けれど、欧米の先進グローバル企業は、『経営の現地化』を完全にやり遂げているわけです。 だから、日系企業も徐々にでも必ず現地化していかなければならないわけで、杉本さんがおっしゃったことはとても本質的な話だと思いますね。
杉本: どれだけ日系企業の権限が維持できるのか、本当に信頼して任せられるのか、というのは、感覚的なものもあると思います。
日本式経営で全てをコントロールしていくということになると、どうしてもどこかに矛盾が生まれてしまいます。 それでは現地の人たちにとってやりにくいことも多々あると思います。 日本側が現地の人々の意見を聞き入れ、それを現地の経営に移植することが大切だと思っています。
森辺: 現地法人の社長や部長職を現地の人に任せることも、本気度を伝えるひとつの方法ですよね。
杉本: 弊社も取り組みのひとつとして、本年度初の外国人社長がシンガポールに誕生しました。 そういう意味で、シンガポールは『経営の現地化』を具体的な形としてスタートさせた一例になると期待しています。
森辺: 日系企業さんとお付き合いしていてよく思うんですが、『経営の現地化』は、実は東京本社がグローバル化しないとなかなか難しいものです。 例えば現地人を現地の経営トップにするということには、日本から見ると不安な要素もあるわけじゃないですか。
アメリカでMBAを取った現地のAさんという人がいたとして、その人は当然、現地のこともわかっているし、圧倒的に経営者としてのスキルが高い。 であっても、本社側の海外担当役員としては、長年日本で自分の部下として一緒に仕事をしてきたBくんを現地に送り込みます。 そのほうがコントロールしやすいので、ほとんどの企業がそうしてきているんですよね。
このBくんは、基本的に国内のマーケットは知っているので、日本の経験値をもとに向こうで必死にがんばる。 そのこと自体は間違っていないし、日本の経験が役に立つことも当然あるでしょう。 けれど残念ながら、Aさんと競争したら、その成長のスピードは全然違うわけです。
御社のシンガポール法人で、最高経営責任者を現地の人に任せたというのは、大きなジャッジだったと思うし、本社がグローバル化していることの表れでもあると思いますね。
杉本: ただ、外国人を現地の社長に据えることがそのまま『経営の現地化』、それがゴール、と解釈されてしまうと、間違いのもとになるケースもあると思います。 私は日本人であっても、優秀なグローバル人財であれば、『経営の現地化』を実現できるだろうとは思います。
ただ、ある時期はそれでいいけれど、最終的には、現地の会社は現地の人たちが繁栄させていくほうがいい。 一生懸命働いている現地の人たちが、「いつかは自分も登りつめられる」と夢を見ることは、モチベーションにつながります。 現地人を経営トップに据えることは、社員のモチベーションを上げる意味でも、とても大切なことではないかと感じています。
ソリューションパワーで顧客満足度を高めるグループへ
森辺: 今後の展望についてお聞かせください。 御社は今後、グローバル市場でどんな企業になっていこうとお考えですか?
杉本: 私が今、よく使っている言葉に、「グローバル・プロスペリティ・パートナー・フォー・オール・スペース・ソリューションズ」というものがあります。 「オール・スペース・ソリューションズ」とは何かというと、「空間に基づくすべての問題解決」を意味しています。 さまざまな専門技術のプロ集団によって、すべてのソリューションを構築していくことを表しています。
最高級のハイエンドな商業空間づくりのプロから、イベントや展示会のスペシャリストまで揃っている。 このように、空間のプロ集団が、乃村工藝社グループでありたいですね。 空間が完成した後も、さらなる集客のための空間活性化までをご提供し、高い顧客満足度を支えるソリューションパワーを発揮し続けたいと考えています。
森辺: 今後の御社のさらなる発展が楽しみですね。 注目させていただきます。
森辺 一樹 (もりべ かずき)
スパイダー・イニシアティブ株式会社 代表取締役社長兼CEO
法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 特任講師
1974年生まれ。幼少期をシンガポールで過ごす。アメリカン・スクール卒。帰国後、法政大学経営学部を卒業し、大手医療機器メーカーに入社。2002年、中国・香港にて、新興国に特化した市場調査会社を創業し代表取締役社長に就任。2013年、市場調査会社を売却し、日本企業の海外販路構築を支援するスパイダー・イニシアティブ株式会社を設立。専門はグローバル・マーケティング。海外販路構築を強みとし、市場参入戦略やチャネル構築の支援を得意とする。大手を中心に18年で1,000社以上の新興国展開の支援実績を持つ。著書に、『「アジアで儲かる会社」に変わる30の方法』中経出版[KADOKAWA])、『わかりやすい現地に寄り添うアジアビジネスの教科書』白桃書房)などがある。