5感を満たすライブラリーカフェ(自由が丘)〜心身をリセットできる空間を目指して〜 第2回 なぜ、五感を満たすカフェを始めようと考えたか?

高良悦子
 


前回、ボストンでの、変わった風貌の人が店員を務める雑然としたカフェについてお話をしましたが、私が自由が丘にオープンしたのは、全く異なる寛ぎの空間です。

今回は、そのような寛ぎの空間を創ろうと考えたきっかけ、色々な経験をするにつれ見えてきた、ボストンや東京のカフェに足りない部分、多すぎる部分についてお話ししたいと思います。

 

カフェに足を運ぶ時、目的は人それぞれだと思いますが、私自身がそうであり、また、周りを観察すると、多くの人が、図書館でもなく、居酒屋でもなく、あえてカフェに行く理由は、気軽さと、身体を休め、前向きな気持ちにリセットし、具体的に何かを前進させる目的があるからではないかと思うようになりました。

 

確かに、図書館なら、本を読んだり、勉強したりする場所で、本によって刺激を得られるかもしれませんし、集中もできるかもしれません。ですが、気軽に入るのではなく しっかりとした目的を持った上で入る。 図書館に入る前の前提として 気持ちが前向きになっていないと、図書館で心身をリセットするのは難しいです。 一方、居酒屋などのお酒の席は、抑えていたものを解放し、感受性豊かに、好奇心旺盛に、気分転換を図れる空間にはなるかもしれませんが、好奇心を満たす環境ではあまりないです、一時的な気持ちの高ぶりがあっても持続しないので、何かが具体的に前に進むかというと、あまり期待できません。

しかし、カフェであればその両方を叶えてくれることを期待できると思いました。

なぜそうなのかを考えてみました。

 

カフェでは、気軽に時間を過ごすことができ、心地よい音楽とコーヒーや紅茶の味と香りで心の緊張感を解きほぐしてくれます。暑すぎも寒すぎもしない疲れにくい空間で肉体的にもリラックスした状態になります。 その状態で、刺激的な話や異なる考え方が入ってくると、これまで囚われていた自分の考えから解放され、違う角度でモノを見ることができるようになります。緊張感から解放され安心すると、新しい考え方のもと、仕事や会話を具体的に前に進めることができます。

言い換えると、リラックスした状態で、五感すべてを満たし、更に刺激を受けることで、本当の意味で心身ともにリセットできる環境をカフェでは提供できるのだと思いました。

この考えに至ってから私は多くのカフェを巡りましたが、そのすべてが満たされる環境に出会えたかというと、そうではありませんでした。

 

ボストンのカフェは、第1回で紹介した通り、心を開放的にし、多くの刺激を与えてくれる、個人の存在も受け入れてくれる環境でしたが、逆に刺激が多すぎ、雑然としすぎていて思考を中断させられることが頻繁にあり、自分のペース感が欠ける部分がありました。 また、椅子が、必ずしも座り心地が良くない店が多かったため、体がリラックスできず、すぐに席を立ってストレッチをしながら店内をぶらぶらしたり、立ったまま本を読んだりと、なかなか集中を維持するのは難しい環境でした。 気分転換ができ、刺激は受けられるが、それを継続するのが難しい、と感じていたのです。

 

日本帰国後暫くすると スタバが日本進出を本格化しました。留学していた頃のスタバは その当時の多くのアメリカのカフェと同様に、まだ洗練されておらず、賑やかで、雑然としていて、多様な接客があり、初対面の人とも気軽に話せるような空気感がありました。

留学時のような前向きな刺激を受けたくて早速出向いたのですが、そこにあったスタバは、すでに試作と淘汰を重ねて築かれた別の空間でした。気軽に立ち寄れて美味しいコーヒーが飲める、孤独を感じずに個人で過ごせる適度な距離感のある空間は以前のままでしたが、画一的になりすぎて、広がり・抑揚が少なく、予期せぬ刺激が得られるワクワク感はすでにそこにありませんでした。グローバルに展開しているチェーン店の限界を感じました。

 

ボストンで味わったような経験、それを超える五感を満たす経験をしたくて、日本でも理想のカフェ探しが始まりました。

 

軽井沢で始まった丸山珈琲のハルニレテラス店。「農園搬入経路が明確」などの諸条件を満たした希少性の高い豆を数多く扱っていて、熱風焙煎の抽出にこだわり 果実そのものの油分を損なわずにお客様のテーブルまで運ばれる。こだわりながらも、幅広い味わいがあり、コーヒーの敷居を作らないと言うモットーを感じる空間です。コーヒーを口に含むと産地の土壌と青い空を思い起こさせる果実特有の酸味が広がります。 味、香り、コーヒーを淹れる適度に雑然とした音、思わず手に取りたくなる自由に読める本のセレクション、座り心地の良いソファと、私が求めていた「五感の刺激」のほとんどを満たす環境で、お店の人に顔を覚えられるまで通いました。

 

ただ、もっと欲が出てきました。

五感のバランスのうち、味覚が主張されすぎていました。 

店をほとんどそのままに、視覚的にもっと、創造力を掻き立てるきっかけとなるお店の外観や本棚だったら、どんなにすばらしいだろう、と。 

 

高円寺にあるアール座読書館。ここの店内は森のように植物が生い茂り、座席前に置かれた水槽には小さな魚が優雅に泳ぎ回り小宇宙を堪能している。水槽内の時間のようにゆったりとした時間を楽しみつつ、古時計から鳴る音が定期的に自分を現実に心地よく引き戻してくれる。

ふと、自分の立ち位置が分からなくなり、目がくらみ、自然と本棚に置かれた本に手を伸ばし 自分の存在を確かめる。というより、もう既に物語の中に自分が迷い込んでしまっているかのように本に吸い寄せられていく。店員さんは ただ静かにそこに佇む。お店の扉を開いたときから そこは本の1ページとなり 物語は既に始まっている。あとは どんな物語にしたいかは 個人個人が手に取る本で選べばいい。それぞれ見たこともないような果てしない旅に出る。世界観に限界を作らず、想像力を個人のペースで掻き立てていく。

もちろん、コーヒーやお茶、クッキーの味と香り、また、静寂の中流れる水槽の音が創る音の世界も申し分ない。五感を研ぎ澄まし、本の力を借りて心の旅に出かけられる場所です。

ここに来て、また、もっと欲が出てきました。このような空間で、ソファに体ごともたれかかって夢うつつに、体の求めるまま五感を全て満たしてみたい、と。

 

他にも、街の至る所に、気持ちをリセットできる空間はありました。新しい何かに一歩踏み出すきっかけをくれる空間もありました。しかし、ボストンにも日本にも、一箇所ですべてを完結させてくれることはありませんでした。

忙しない日常の中で、気負いなく時間を過ごせて、五感全てを満たし、多様性を受け入れながら心の旅に出られる、前進できる空間は、どうやったら創ることができるのかを考えました。

美味しいドリンクの味と香り、音楽、そして、視覚的にも寛ぎを与える外装や家具、そしてゆったりと肉体的にリラックスさせてくれるソファ。五感を満たすのは、やはりカフェだと思いました。

前進するには、別に自分の足を使って旅に出なくてもいい。多様性を受け入れ、旅をした気分になれればいい。 それは、留学当時に通ったブックカフェのように本を置くことによって達成できると思いました。

いくら探しても五感をバランスよく満たす空間が見つからない。 それなら自分で作りたい。それが、カフェを始めようと考え始めたきっかけでした。

 

理想はあっても、実際には、立地・内装・外装の企画、資金確保、メニュー作成、運営と、それを実現するのは容易ではありません。 次回以降は、理想と現実のギャップを埋める上で、何から始めてどう進めていったのかについて書いていこうと思います。

 
 

高良悦子

株式会社セレンディピティ
高良悦子

1975年生まれ
高校より米国留学し、ボストンの大学を卒業。
3人の子供のを育てながら、子供の成長を機に、かねてより計画していた
カフェ事業を始めるために株式会社セレンディピティを設立。

2014年10月にブックカフェ、ライブラリーカフェ自由が丘
(The Library Cafe http://www.librarycafe.jp)を開店。

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