海外ビジネスに関連するコラム

インバウンド旋風

日本インバウンド教育協会 代表理事 小野田金司

日本の観光は、アウトバンド(=日本から海外へ出かける旅行業)が主流で、旅行会社やキャビンアテンダント、ホテルなどへの進路をPRする大学がほとんどでした。ただ、農業や環境など異なる分野と連携する体験型の観光であるグリーンツーリズムやエコツーリズムなど、ニューツーリズムと呼ばれる新しい着地型の観光も少しずつ現れ出しました。ただし、それで食べていける職業を明示するには無理がありました。
  • 第1回 日本の観光トレンドはインバウンドへ

    観光系大学と観光庁の設立私は、大学の教員を始めて9年目です。大手旅行会社やベンチャービジネスを経験して、2007年に開学した神戸夙川学院大学観光文化学部が大学教員の始まりです。教員になった翌年観光庁が設立され、全国で50ほどの大学に新しく観光系の学科やコースが設置された時期でもありました。まさか観光を大学で教える時代が来るとは思っていませんでした。

  • 第2回 インバウンド観光はヨソモノから

    インバウンド旋風は私にも吹いてきました。先月、神戸新聞で私のアップ写真が大きくカラーで入った記事が紹介されました。記事では、神戸市はインバウンド観光の先進地であること、明治以降に先駆けて訪日外国人を受け入れ、現在も日本人と外国人が共存している日本のモデルとなる都市だということを改めてお話しました。

小野田金司

日本インバウンド教育協会代表理事
小野田金司

神戸山手大学 学長補佐
現代社会学部観光文化学科教授
一般社団法人日本インバウンド教育協会 代表理事
ロックミュージシャン

1957年和歌山市生まれ。週末和歌山市、平日神戸市在住。
星林高校、大阪経済大学経済学部卒業後、1980年近畿日本ツーリストに入社、主に和歌山支店にて勤務。1999年ジャパンエキスポ南紀熊野体験博でリゾート体験イベントを担当し、観光の変革の兆しを感じて休職、44歳で和歌山大学経済学研究科(大学院)にて地域マネジメントを学び直し、翌年近畿日本ツーリストを退職。

起業して和歌山マリーナシティでドッグパークを経営するが、2003年上京し、友人が起業した株式会社コロネット取締役事業部長に就任、「好きを仕事に!」をテーマにビーズアクセサリーやプリザーブドフラワー等のハンドメイド業界で女性を企業家支援する事業の開発、営業やイベント企画を担当。

2006年10月新しい観光系の大学開学に併せスカウトされ、不安定なベンチャーから安定した大学教授に転職して神戸に。2007年4月神戸夙川学院大学観光文化学部開学、観光・イベント系科目とキャリア教育を担当。地域研究所長として、産官学連携も積極的に実施し、大学では4万人を集める日本最大のチャリティ・ロックフェス「COMIN’KOBE」を開催し実行委員を担当。このようなイベント実践を授業に取り入れ、文科省の就業力育成事業やインバウンド観光人材育成事業などと展開し実践する。2013年学部長に就任。

2014年一般社団法人日本インバウンド教育協会設立し、代表理事に就任したが、夙川学院の資金運用失敗等で、神戸夙川学院大学は募集停止が決定する。それと同時に副学長に就任し、学生と教員の転学に奔走し、2015年4月より神戸夙川学院大学のほとんどの在学生約400名と教職員26名を神戸山手大学に新設された観光文化学科に無事転入学することができた。

2015年の「COMIN’KOBE」開催は、会場である大学の募集停止で危機を迎えたが、クラウドファンディングで2000万円強の資金を調達し、無事乗り切った。自らも1982年より和歌山で活動する「ジャマ―バンド」でボーカルを担当する現役ロッカーでもある。