海外ビジネスに関連するコラム

ピアニストが経験したグローバルな世界

WPTA国際ピアノコンクール公式審査員  福田里香

2013年7月、セルビアで開催された国際ピアノ会議に招待参加をして、ピアノレクチャーリサイタルをした。同じ年の10月に、サッカー日本代表がセルビアで親善試合をしたノヴィ・サド市の音楽院ホールが会場だった。 これまでに、留学したイタリア、イギリス、住んでいたアメリカ、演奏旅行や国際文化交流事業で関わったアジア圏の国々など、私は海外に御縁が深い生活を送っている。しかし、私が海外に初めて出かけたのは、社会人になってから自らのリサイタル収入で行った激安ヨーロッパツアーであった。
  • 第1回 目的地を知らされずに出発したイタリア留学

    2013年7月、セルビアで開催された国際ピアノ会議に招待参加をして、ピアノレクチャーリサイタルをした。同じ年の10月に、サッカー日本代表がセルビアで親善試合をしたノヴィ・サド市の音楽院ホールが会場だった。 これまでに、留学したイタリア、イギリス、住んでいたアメリカ、演奏旅行や国際文化交流事業で関わったアジア圏の国々など、私は海外に御縁が深い生活を送っている。しかし、私が海外に初めて出かけたのは、社会人になってから自らのリサイタル収入で行った激安ヨーロッパツアーであった。

  • 第2回 自分の殻を破る勇気の大切さ

    前回の続きをお話する前に音楽留学成功のコツを一つ。今でも、音楽留学を成功に導く大きな要素の一つは、先生選びであろう。私の場合は、K.U.シュナーベル先生が唯一希望する先生であった。先生は、実際に留学のチャンスを得る10年前に日本の音楽大学に客員教授として2カ月ほど赴任されていた。既に世界60カ国以上でマスタークラスを持っていたシュナーベル先生と、当時音大1年だった私が出会えたのは幸運であった。と言っても、レッスンの受講は叶わず、聴講生として短期間のレッスンに接しただけであった。それでも、シュナーベル先生の指導ぶりにすっかり心酔していた私は、指導を受ける日をそれから10年間思い描き続けていた。その指導は、演奏のスキルに関して精緻なアプローチがある一方で、失敗をためらったり、表現をこじんまりまとめてしまう自分の殻を破る「勇気」の大切さを粘り強く説いて、スピリットを活性化するものだった。

  • 第3回 イタリア留学を成功に導く行動様式

    第二回の続きをお話する前に、音楽留学成功のコツをまた一つ。自分から動いて、苦労を避けないことだろう、と思う。それは、事前準備にあたる、留学希望の先生へのアクセスや交通の手配から始まって、留学生活の全てに通じることだと私は思っている。当然ながら、動けば摩擦が起き、摩擦が起きればストレスが生じる。それらが日常になって回せるようになると、海外で生活しながら、勉学での成果が期待できる環境になって行くのだと思う。

福田里香

WPTA国際ピアノコンクール公式審査員
福田里香

国産ピアノ製造黎明期に横浜にてピアノ製造に携わった大伯父の影響で、幼少よりピアノに親しむ。国内で2種類の学士号を取得。群馬県新進芸術家海外研修生としてイタリア留学、K.U.シュナーベル教授に師事。イタリアから帰国後は演奏活動、指導の場をを日本のみならず台湾に広げる。
 米国西海岸に在住後、英国RCM奨学金を得て、チャールズ皇太子が名誉総裁を務められる、英国Royal College of Music, London大学院課程に留学、2001年に同大学大学院課程修了。帰国後は、財団法人ヤマハ音楽振興会本部勤務を経て、「横浜開港150周年記念ピアノコンクール&フェスティバル」「日タイ音楽家交流 in Bangkok」(いずれも、外務省:日メコン交流年認定事業)を代表とする国際交流活動に熱心に取り組む。
 これまでに国内外7カ国で演奏。2013年、国際ピアノ導者連盟主催の国際ピアノ会議(セルビア)招かれ、レクチャーリサイタルを開催。セルビアの楽曲にもレパートリーを広げる。
 また、国際コンクールを含む、複数のピアノコンクールの審査員を歴任。現在、WPTA国際ピアノコンクール公式審査員。

あと、参考なりそうなページのリンクをはっておきます。
今夏招待参加した国際ピアノ指導者会議(セルビア)参加レポート
http://www.piano.or.jp/report/04ess/itntl/2013/09/06_16539.html
文藝教室ちえのわ講師紹介
http://chienowa-bungei.com/index.php?page=music