ピアニストが経験したグローバルな世界 第2回 自分の殻を破る勇気の大切さ

福田里香
 

留学を成功に導く大きな要素

前回の続きをお話する前に音楽留学成功のコツを一つ。今でも、音楽留学を成功に導く大きな要素の一つは、先生選びであろう。私の場合は、K.U.シュナーベル先生が唯一希望する先生であった。先生は、実際に留学のチャンスを得る10年前に日本の音楽大学に客員教授として2カ月ほど赴任されていた。既に世界60カ国以上でマスタークラスを持っていたシュナーベル先生と、当時音大1年だった私が出会えたのは幸運であった。と言っても、レッスンの受講は叶わず、聴講生として短期間のレッスンに接しただけであった。それでも、シュナーベル先生の指導ぶりにすっかり心酔していた私は、指導を受ける日をそれから10年間思い描き続けていた。その指導は、演奏のスキルに関して精緻なアプローチがある一方で、失敗をためらったり、表現をこじんまりまとめてしまう自分の殻を破る「勇気」の大切さを粘り強く説いて、スピリットを活性化するものだった。

ようやく、公的な奨学金を得て、イタリア留学の機会がやって来たとは言え、シュナーベル先生の動静について尋ね歩く私に答える人は誰もなく、Who’s whoを見て、手紙を書いて弟子入りを願い出たのであった。それ故、既に師事している先生との繋がりや紹介、音楽留学エージェントを介しての留学にある安心感や便利さとは無縁の留学準備が進んでいった。

イタリア留学初日…オリエンテーリングの始まり

プープー、プープー、プープー、プープー、無機質な電話呼び出し音が続く… 公的奨学金ゆえの手続きの多さに加え、先生へのアプローチでも骨を折った留学準備を経て、ようやく辿り着いたイタリア。ミラノに自力で着いて連絡する、との条件でイタリア別邸でのピアノレッスンの許可をもらっていた私は、初めての海外一人旅でミラノ駅近くの小さなホテルに到着していた。しかし、音楽留学第一日目は、師事する先生と連絡が付かないまま、日付が変わろうとしていた。

プープー、プープー、プープー…「Hello?」……老教授の声に、世界のミラクルが起きたような感覚が沸き起こった。「夜に出掛けてしまって今しがた帰宅したところだ」と説明するシュナーベル教授は、ちょっと恐縮したような感じで「あなたの為にグッドホテルを予約しておいたからね」とオーナーが古い友人というコモ湖畔のホテル名を初めて教えてくれた。そして、ミラノ中央駅からコモ湖畔のホテルまでの順路を次のように説明してくれた。これがオリエンテーリングの始まりでもあった…



写真1(ミラノ中央駅外観一部、全体はもっと巨大です…)

初めてのミラノ中央駅

シュナーベル教授は電話口で「ミラノ中央駅から列車に乗り、コモ駅で下車、そこからバスでメナージオという町にくれば、湖畔の大きなホテルだから直ぐわかる。そこのホテルについたら電話して」と事もなげに話す。今、こうして書いていると、なんと大雑把な説明で、と思うけれど、ミラクルに聞こえたシュナーベル教授の声で聞いたので、細かい点を何も聞いてないのに、全てを了解したような心持ちになっていた。実は、コモ湖は南北50Kmもある大きな湖で、コモ駅のあるコモ市とメナージオと言う町は相当に離れていて、バスだとゆうに1時間以上はかかる距離だった。

ミラノ中央駅構内の予習をしたり、荷物をまとめたりしているうちに、さらに夜は更けて、仮眠を取ると、すぐに朝のミラノ中央駅へと勇んで歩を進めた。朝日に浮かび上がった石造りのミラノ中央駅の階段を上りながら、高鳴る留学への期待で胸がいっぱいになった。駅構内は、既に多くの旅行客が行き来しており、雑踏をかき分けながら、どの列車に乗るのかを尋ねるインフォメーションへと歩いて行った。しかし駅は外観同様、構内も巨大で、なかなか思う場所に辿り着けない。

ミラノ中央駅英語インフォメーションデスクにて

まるでオリエンテーリングである。国際列車に乗ってスイス国境手前のコモ駅まで行かねばならない。ところが、どのホームから発車するどこ行きの国際列車に乗ればよいのかわからない。ミラノ中央駅は20番線などと言う表示が当たり前のようにある駅で、見回して察しがつく等、到底あり得ない構造なので、一か所しかない英語の総合案内に並ぶこと3回。拙い英語でしゃべるため、とりあえず後ろの人を先に案内するから、お前は後ろに行けと、長い列を並び直させられる。紙に行き先を大きく書いて、パントマイムよろしく大きな身振り手振りで、すっかりイタリアンになった時に、ようやく、乗車券、発車ホームと時刻情報を一挙に手に入れることができた。




写真2(ミラノ中央駅ホーム)


ミラノ中央駅にていよいよ該当ホームへ

教えてもらった電光掲示板を見ると発車するホームが変更されている。発車ホームの変更は良くあるらしい。あたふたと該当のホームに辿り着くと、ミュンヘン行きの国際列車が既に停車していた。コモ駅に本当に停車するのであろうか?列車に乗り込む人達に尋ねてみると「停まる」とのことだったが、一抹の不安が残り、車掌さんを見つけ出して必死のイタリア語で確認をとった。

それから列車の中程の2等車を見つけて、大きな荷物を高いデッキの列車内に押し上げた。もう発車予定時刻まで10分ほど、列車内は既に大方のお客さんが乗り込んで空席は無かった。仕方なくデッキに立つと、正しい列車に乗れた安堵感と、初めて乗車する国際列車への緊張感で、頭がクラクラした。デッキには、壁にもたれかかっておしゃべりに興じるカジュアルな格好の旅行者達が数人。列車内のお手洗いに行こうか行くまいか…?と迷っているうちに、列車はいつの間にか動き出して、見知らぬ風景が流れて行った。最初の停車駅がコモ駅のはず…果たして?車内アナウンスなど一切ない国際列車は、いよいよスピードを増し、一路、スイス方向へ北上しているようだった。もしも、国境を越えてしまったら…パスポートの入った場所に手を置いて一呼吸すると、シュナーベル先生への小さなお土産にそっと手を触れた。どうか無事に辿り着けますように!

 
 

福田里香

WPTA国際ピアノコンクール公式審査員
福田里香

国産ピアノ製造黎明期に横浜にてピアノ製造に携わった大伯父の影響で、幼少よりピアノに親しむ。国内で2種類の学士号を取得。群馬県新進芸術家海外研修生としてイタリア留学、K.U.シュナーベル教授に師事。イタリアから帰国後は演奏活動、指導の場をを日本のみならず台湾に広げる。
 米国西海岸に在住後、英国RCM奨学金を得て、チャールズ皇太子が名誉総裁を務められる、英国Royal College of Music, London大学院課程に留学、2001年に同大学大学院課程修了。帰国後は、財団法人ヤマハ音楽振興会本部勤務を経て、「横浜開港150周年記念ピアノコンクール&フェスティバル」「日タイ音楽家交流 in Bangkok」(いずれも、外務省:日メコン交流年認定事業)を代表とする国際交流活動に熱心に取り組む。
 これまでに国内外7カ国で演奏。2013年、国際ピアノ導者連盟主催の国際ピアノ会議(セルビア)招かれ、レクチャーリサイタルを開催。セルビアの楽曲にもレパートリーを広げる。
 また、国際コンクールを含む、複数のピアノコンクールの審査員を歴任。現在、WPTA国際ピアノコンクール公式審査員。

あと、参考なりそうなページのリンクをはっておきます。
今夏招待参加した国際ピアノ指導者会議(セルビア)参加レポート
http://www.piano.or.jp/report/04ess/itntl/2013/09/06_16539.html
文藝教室ちえのわ講師紹介
http://chienowa-bungei.com/index.php?page=music

キーワードからコラムを検索する