ベトナムで予防歯科の医院を作る 第1回 虫歯の洪水を防ぎ、予防をベトナムに広める!

内田 結貴
 

2009年12月。

「ベトナムで院長やらない?」

という一言で私の人生は大きな転換期を迎えました。


中学生くらいから漠然と

「海外で暮らすってどんなだろう。海外で働くってどんなだろう。」

という憧れはあったものの、歯科医師という職業を選んで日本の大学に入った以上、日本で歯科医師免許を取って日本で歯科医師として暮らし、私はきっと海外で暮らすことはないだろう、と思って過ごしていた私にその一言は降ってきました。

 

2007年に初めてベトナムを訪問

 

初めてベトナムを訪れたのが大学を卒業したばかりの2007年。

1987年のブラック・マンデー、1997年のアジア通貨危機。

なんとなく10年サイクルで何かが起きていることをふまえると2007年も何かあるかもしれない、という漠然とした理由と今後の世界経済において日本の通貨があとどれくらい力を持っていられるのかを見たい、という理由から成長著しいという東南アジア圏を見るべくバンコクとホーチミン・ハノイを巡ったのがきっかけでした。


すでにある程度経済が成長し公共交通機関が走り大きな商業施設ができて街並みがやや整然としていたバンコクに比べ、ホーチミンでの溢れんばかりのバイクの波と見渡す限りの若者の多さに驚愕したことを今でも覚えています。

「この有り余るほどのエネルギーはどこから来ているのだろう。これが大爆発したらどうなるのだろう。」と。



写真1 交通量の多いベトナム


人々は道端で行商をしたり雇われで働きながら生活費を稼ぎ、「今度のボーナスが来たら冷蔵庫を買おう」「今度は洗濯機」「新しいバイクもほしい」と消費活動に思いを馳せ、男性ばかりでなく女性もよく働いて共稼ぎが当たり前の光景にかつて社会科の授業で聞いたりテレビ番組で見た日本の高度経済成長の姿が重なったのでした。


加えてベトナムが親日国家であるということもあり、ベトナムへの興味はよりいっそう増しました。


ベトナムで予防という概念を広めたい

 


かつて高度経済成長を経験した日本では経済成長と同時期に共働きが増え、インスタント食品が登場し、親の帰りを待ちながらそうしたインスタント食品を食べる鍵っ子の増加など食生活をはじめとする生活習慣の大きな変化がありました。


このような環境下で生活をしてきた私たち日本人の口の中にはこれまでにないほど多くの虫歯ができるようになり、「虫歯の洪水」と呼ばれて歯医者の待合室に行列ができるような時代だったのです。

 

あれから何十年も経って、当時受けた治療をやり直さなければならなくなり、幼少時や働きざかりの頃に歯を悪くした人たちは今になって入れ歯に悩まされるなどその弊害は今も続いています。


そしてようやく私たちは気付いたのです。


「治療してからでは遅い。予防しなければ始まらない。」と。

 

同じような状況がベトナムにもやってくるだろうと思いました。

共働きの家庭、あちこちで見かけるインスタント食品や清涼飲料水の広告、そして伸び行く経済。

私たち日本人が味わった苦労をベトナムの人たちにも経験させる必要があるだろうか?


同じ轍を踏ませる理由があるだろうか?


今になってようやく私たちが理解した「予防」という概念を、最初からベトナムに紹介することはできないだろうか?

 

こうしたいきさつから、「ベトナムで予防歯科の医院を作る」ということを考えるようになり、興味を持って出資をしてくれそうな人に話を持ちかけました。

 


28歳で歯科医院の院長に

 

そして出資者の方々から冒頭の「ベトナムで院長やらない?」という一言が出て、ついに私はベトナムの地に住むことになったのです。28歳のことでした。

 


私自身、歯科医師という職業に就くことを決めてから常に「いつかは院長という立場になるかもしれない」という考えが頭の隅にありました。


でも、それは30代かもしれないし、はたまた40代かもしれない。
ただ、何歳のときに人の上に立つ役職に就くかはわからないにせよ、その立場になって初めて経験する苦労やしなければならない努力もあるだろう、ということだけは理解していました。

 

だったら、若くて体力のあるうちに経験してしまった方が失敗しても取り返しがつく。


「よし、院長やろう。」


そう決めました。


写真2 医院での治療の様子


昨今、若者こそ海外を見るべき、など「いかに国際人として海外に目を向けていくか」ということが叫ばれているように感じます。



何歳だろうと関係がないとは思いますが、でもやっぱり若いうちに思い切って日本を飛び出して違う国を見てみる、というのは良い経験になると思います。



若さゆえに成功することも、反対に若さゆえに失敗することもあると思いますが、何よりも体力があるし万が一失敗してもまたやり直せる時間的チャンスが長いからです。



特にベトナムは日本に比べるとまだまだ物価も安く、アイデア次第では少額で事業を起こして軌道に乗せていくことも可能です。

そう考えて飛び出したものの思いもよらない問題に直面していくことはまた別の機会にお話しすることとして、それでもやはり私は海外に出てみて良かった、と思っています。



国内、海外に限らず、意欲のある若者には思い切ったチャレンジをしてほしいし、またそうした仲間を応援できる自分であり続けたい、というのが海外で仕事をして感じることです。


 
 

内田 結貴

Smile Dental Center(ベトナム・ホーチミン)
内田 結貴


1981年 東京都生まれ。
2歳より埼玉で育ち、大学進学を期に広島在住(広島大学歯学部歯学科卒)。
卒後は東京都内の大学病院や埼玉県内の歯科医院に勤務したのち、2010年5月よりベトナム・ホーチミン市在住、同年11月に同地にて歯科医院をオープンし現在に至る。

日本の高度経済成長期を彷彿とさせるベトナムの現状を知り、「日本人が高度経済成長に伴う生活環境変化の結果として味わった『歯の苦労』をベトナム人には味わってほしくない」という思いから予防歯科をベトナムに持ち込むべく開院を決意。

しかしながら、現在は「細かなニュアンスが母国語で通じる安心感」ということもあって患者の9割を在越邦人が占め、残り1割の中にベトナム人やその他の在住外国人を含んでいる。

9名のベトナム人スタッフとともに唯一の日本人として、日々ベトナム語、英語、日本語に囲まれながら診療にあたっている。

キーワードからコラムを検索する