ベトナム・ハノイ工場立ち上げ奮闘記〜契約から本格稼働まで〜 第5回 仮オフィスの確保とベトナム人の雇用について

石井希典
 

5月末までの仮オフィスの確保

工場に隣接する事務棟の引き渡しは、5月末日予定であり、それまで事務所がない。このままだと、郵便は受けとれないし、関係協力会社と打ち合わせをしようにも、場所がない。そもそも、ライセンス書類や企業印、領収書等経理書類を保管する場所が必要だ。

当初は、郵便等の受け取りは、建設会社のハノイオフィスで、代理で受け取ってもらっていた。又、書類や企業印も預かってもらっていたが、いつまでも迷惑をかけられないし、言うまでもなく、手元にないことは不便極まりない。

 

建設会社からは、建築現場に彼らが建てた仮オフィス(プレハブ)を使ってもらって構わないというオファーを受けたものの、現状、打ち合わせの大半をハノイ市内で行っていたことから、建築現場に毎日詰めている意味合いは薄い。又、工事現場はWiFiが来ていないので、インターネット接続は携帯電話の回線で行わざるをえず、3Gがいまだ主流のベトナムでは、通信スピードの遅さがネックになる。そもそも、物理的なセキュリティー面でも不安だ(何せ、まだ建築中で、塀すらない)。


 【工場建設現場に建てられた建設会社の仮オフィス】


最悪の場合、自分のアパートを仮オフィスにすればよいと思っていたものの、運よくJETROのオフィス内に、仮オフィスを借りることができた。

 

JETRO内の仮オフィス

JETROベトナムオフィスは、ハノイオペラ座のほぼ対面にある。付近は、かつてフランスの植民地だったという名残を残す場所で、花壇等も整備され、きれいな場所である。(又、誰もが知っている場所なので、地理に不案内な自分でも説明しやすかった)。且つ、3か月という期間限定だが(延長の可能性としては+1か月のみ)、ほぼすべての機材類が整っているため、さしあたって、大きな事務機器や家具類の購入の必要はない上に賃貸料も割安である。


【3か月の短期で、借りることができたJETRO内にあるレンタルオフィス】 


ただし、部屋は3部屋のみで、通常、常に満室との事だったが、たまたま1部屋あいていたことから、前述のとおり運よく、工場の事務棟のできる5月末まで借りることができた。

実際に入居したのは、2月の末から、5月末日までの3か月間。それ以前は、建築会社の仮オフィスと自分のアパートで業務をこなした。

 

JETROの許可を得たので、下記のコンタクト先を載せておく。

https://www.jetro.go.jp/services/bsc/bsch/

 

ベトナム人の雇用準備

1人目の総務マネージャーは、工場側のリーダー共々、経験豊富な即戦力を採用しようと決めていた。

今後雇用してゆくベトナム人の多くは、未経験者や新卒で対応してゆく覚悟だったが、その見本となるべきリーダー格は ベテランを直接間接の各部署でひとりずつ採用し、彼らを中心に、日常業務はまわしてゆくという構図を考えていた。そして、彼ら2人に足りない知識やノウハウは、自分と数か月後に赴任してくる予定の日本人工場長で、指導すれば組織として、成立しうる。いや、成立させなければいけない。

 

特に、総務マネージャーは、ベトナム語のできない自分にとって、日本人のいないベトナム企業との交渉の通訳はもちろんのこと、ゆくゆくは社内に情報を伝達する上でもキーとなる人材として期待していた(事実、そうだった)。

 

更には、まだつかみきれないベトナム(ハノイ)の生活習慣を理解する上でも、些細な事から尋ねることができるスタッフがほしかった。たとえば、ベトナムの場合、日本のような国民の祝日はあまり多くないが、「女性の日」とか「先生の日」のように、平日に記念日があり、その日には、会社なり個人から、小さいプレゼントを渡す習慣(実質義務)がある事を聞いた。当面の間、教わらないと到底覚えていられそうにない。

 

総務マネージャーの人材募集開始

人材募集に関しては、人材紹介会社の中から2社に依頼した。もちろん彼らは、本採用になると、各人の給与の1~2か月分を紹介料として徴収するのだが、この手段が、もっとも問題の発生しない雇用方法だろう。

 

どこの国でも存在はするが、人づての紹介という手法はベトナムにおいても、かなり頻繁だ。特に家族関係重視、人間関係重視の傾向が強い(おそらく、一般にはそれ自身がかなり強いコミュニケーションインフラの一つなのだろう)ベトナムでは、「XXさんの友人が、、」とか、「自分の親族のXXが、、」というような紹介も多い。ただ、どうしても人間関係のしがらみが入り込んでしまうことから、その人材の処遇で、人間関係がおかしくなってしまうこともあるお国柄だ。

後日、何度かそのような面接もしたが、大人数を採用するのであればともかく、少数精鋭では、避けたほうが無難だろうと今でも思っている。

 

雇用の条件として、総務経験者の給与は、マックス$1000に設定すると、社長とは合意を得ていた。ベトナムに進出を決めた当初、総務マネージャーの給与は$300程度と、社長は考えていたようだったが、その後、在越企業の日本人とコミュニケーションをとる中で、ここに出し惜しみをしてはいけないと理解したようだった。

当方から、人材紹介会社に提示した条件は、給与に加えて

1)日本語検定 2級以上(会話もそうだが、読み書きの能力が鍵)

2)日本企業での就業経験があり、総務でリーダー格だったこと

とした。

 

ベトナムにおける給与水準

ベトナム全体の景気は、2013年もあまりよい状況ではなかった。また、日本企業の進出も一時期よりは落ち着いたレベルとなり、就職口がどこにでもあるという状況ではなくなっていたかと思う。

ただ、一時日本語のできる経験者需要は、「引く手も数多」だったのだろう。経験者の給与リクエスト自身は、$1200周辺で高止まりをしていた。

 

とある在越の日本企業の例になるが、日本語検定2級をもっている大卒者の初任給は$600、一級だと$800以上とのこと。2級で、マネージャー格になると、低くても$900程度との事。また、専門知識のレベルが高いと、その分上乗せになるとのこと。たとえば、会計や経理専門レベルを習得していると、それだけで初任給でも$100から$200アップになるとのことだった。

 

とあるベトナム企業の経理、総務責任者(ベトナム人)が、一時、当方の業務をボランティアで手助けしてくれたのだが、彼女は、日本語検定1級(日本人としか思えない会話能力)で、手取りの給与が$2000(額面は$2500)との事だった(ベトナムにおいては、相当な高額であるとは思う)。

 

この給与水準は一部だけなのかもしれない。あくまで自分が聞いた数社の情報だ。ただ、ある程度、本人に能力があると考え、職を求めている人材は、高い方の水準にあわせてリクエストを言ってくるのは、どこの国でも普通だろうとは思う。

最終的には、給与がすべてではないし、交渉で給与自身も決めてゆく(実際には、もっと低いレベルで話はまとめる)のだが、とにかく、当初のリクエストは、だいたい$1200程度だった。

 

一方で、語学堪能でないままに大学卒業した新卒の初任給は$300程度であり、高卒等で、入社してくるワーカーの初任給は$150程度が昨年(2013年)前半の相場。この格差が実情であり、また、大学にゆけるかどうかは、本人の実力はあるだろうが、両親の収入等でも、決まってしまう。(大学の授業料は$50/月程度とのこと)(上記、すべて2013年中に、非公式に得た情報)

 

最低賃金は、毎年20%程度あがっていると聞いたが、それにあわせて、上位レベルの給与もあがるとの事なので、給与格差が縮まることは、今のベトナムの制度上はなさそうだ。

 

さらに、給与総額は、基本給と能力給にわかれ、年金(※)等の計算基準となるのは、基本給部分になる。自分が赴任した際、協力メーカーからは、能力給の比率をあげたほうがよいし、事実そうしているとの話を聞いていたことから、そのような設定を前提とした(50%程度が基本給で比率は能力によって変化)が、一方で、商社や銀行等の人事担当者に話を聞くと、100%とは言わないものの、基本給の比率が高いとの事だった(とある企業の人事担当からは、100%基本給という話も聞いた)。

 

※年金は、一時受け取りも可能とのことで、退職時にそれまでの年金が受け取れる。年金は、企業側と個人が分担して、個々人用に支払ってゆくので、個人としては、会社が貯金をするのを手伝ってくれているという認識すらある。

 

日系の銀行や保険会社、商社等にゆくと、日本語堪能、英語もOKという人材が、かなり多く勤務していた。一方で、メーカー系(特に中小)の総務は、コミュニケーションという意味で、残念ながら少々見劣りする例も多かった。給与体系が、人材の集まり方にも影響があるのかもしれない。また、上位の大学卒業生や名の通った企業での経験者ほど、給与体系の事をよく知っており、面接の段階から総額ではなく、基本給の額にこだわりをもって確認をしてきた。

 

いずれにしても、募集段階での給与の額大前提の人材募集は、良い意味でも悪い意味でも欧米型であり、わかりやすい。日本の感覚のみで行くと、かなり面食らう人もいるかもしれない。個人的な話で恐縮だが、日本で自分が就職活動をした際、ヘッドハンターからは、給与の事には、触れるなと、よく言われた(苦笑)。

 

ベトナム人の結婚観

更に、興味深いのは、ベトナム人女性(男性も?)の結婚観の常識。彼らの多くは、女性は25歳までには、結婚しなければいけないと考えている。よって、せっかく良い大学をでて、良い給料で一流企業に就職しても、25歳程度で結婚し、そのまま子供を産むとのこと。産休制度はあるものの、一度、退職するケースも多いそうだ。自分が大学卒業をして就職をした当時の1980年代前半は、日本でも女性は25歳程度までに結婚という話はまだまだあったので、30数年前の日本の認識と重なる。

 

そして、彼らは2人まで子供をつくり(ベトナムは、2人っ子政策とのこと(2013年現在))、育児に手がかからなくなる30歳前後で、多くは、仕事に戻りたいと再就職先を探す。

 

人材紹介会社からは、10名近い候補者があがってきたが、全員が既婚で、子供を持つ女性だった。

次回は、いよいよ面接開始。

 
 

石井希典

元某自動車パーツメーカーベトナム法人副社長
石井希典

石井 希典 (いしい まれすけ)
1960年生まれ
1982年日本ビクター(株)に入社後、1990年、ソニー(株)へ転職、20年間在籍したのち、(株)メルコホールディングスに3年ほど在籍。
常に、新規事業を創出するための事業開発、事業企画および、事業運営に携わる。
2013年1月より、とある自動車部品メーカーに入社。現地代表として、単身ベトナムに渡り、工場建設から陣頭指揮し、11月に本格稼働をさせた。一定の成果をあげたことと、家庭の事情により、職を辞し、次なるチャレンジに参画すべく、充電中。

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