2015年4月3日
「ワインの先にあるもの」に魅せられて

東京23区と同程度の面積ながら、世界的な金融センターのひとつに数えられるシンガポール。1人あたりのGDPは日本を抜き去り、2013年にはアジアトップの世界8位にまでのぼりつめた。近年は、マリーナベイ・サンズに代表される「統合リゾート(IR)」にも注力し、世界中のカネ・モノ・ヒトの「ハブ」となっている。

今回は、そんなこの国で起業した前田真紀子さんに会いに行った。場所はシンガポールNo.1のショッピングエリアであるオーチャードロードと、スコッツロードが交差した「スコッツスクエア」。五つ星の有名ホテルや日本の百貨店も付近に並ぶこの一等地にこの5月、前田さんはシャンパンバー「Time&Flow」をオープンする。和モダンな空間には、世界中のトレンドやライフスタイルを提案するコンセプトショップや、ツーリストも楽しめるようなワインセミナーも開設する予定だ。
会社員時代からフランスのワイナリーをめぐるほどのワイン好きだった前田さんだが、「仕事にしたい」と志したのはあるハンガリー人ワイン愛好家との出会いがきっかけだった。
「ワイナリー見学中、たまたま居合わせた方と意気投合して……その方はワイナリーに務めていたということもあり、いろいろな情報を聞いたり、別の愛好家を紹介いただいたり……彼らとの出会いを通じて『ワインは人と人をつなぐもの』だと気付いたんです」と前田さん。
「ワインの先にあるもの」に魅せられた彼女は、およそ5年前、日本のワイン関連会社に転職する。ようやく「好きを仕事に」できた日々だったが、あるときシンガポール行きの話が持ち上がる。
「すぐには行かない」という決断

「主人も起業家なのですが、彼がシンガポールで事業を展開することになったんです。当時私が勤めていた会社は、大企業で安定もしていました。それだけに、それを捨ててシンガポールに行くということは、簡単ではありませんでした」
学生時代ロンドンに留学するなど、海外志向の強い前田さんだったが、「正直、東南アジアはイメージがわかなかった」という。
「シンガポールには全くコネクションもなかったですし、自分のしたいことができるのか、果たしてワイン業界に戻れるのか。悩みは尽きませんでした」
そんななか、彼女がくだしたのは、「すぐには行かない」という決断だった。
「私たち夫婦は、昔からお互いやりたいことをやろうって決めてきたんです。後悔という言葉がすごく嫌いで。自分でしたいと思うことがあるなら結果はどうあれ、チャレンジしようって。だから納得いくまで行動はしなかったんです」
先にシンガポールへ渡ったご主人の理解もあって、1年半冷静に「考える時間」を得た前田さんは同国のワイン業界が日本ほど成熟していないことに気付く。
「市場が日本ほど発達していないということは、見方を変えれば逆にチャンス。そう思ったんです」
こうして前田さんは、2013年にシンガポールへ。程なくして初めての妊娠・出産も経験。慣れない土地で母親としての生活も送るなかでも、彼女「らしさ」は全く変わらなかった。
「子どもは本当にかわいいし、自分たちにとってとても大切な存在です。でも、夢もやっぱりとても大切な存在なんです」
「物事を冷静に見極める目」を持ちながら、「圧倒的な行動力」をいかんなく発揮するなかで、彼女は、のちにTime&Flowを共同経営することになる女性との出会いも引き寄せていった。
前田さんとのインタビューを終えた後、改めて考えた。
日本でつかんだ「好きな仕事」を辞めざるを得なくなったとき。
ワイン市場が未熟な地に飛び込むことを考えたとき。
妊娠・出産・子育てと夢を両立することに直面したとき。
大きな不安やハードルは感じなかったのだろうか。
そんなとき、前田さんが語っていたフレーズを思い出した。
「あらゆる可能性を除外しないこと」
場所や環境の変化によって、一時的に夢から遠ざかったり、夢を手放すことになったりしても、これを忘れなければ必ずチャンスはやってくる。
「起業家」「母」「妻」としてシンガポールを生きる前田さんのひとことに、僕はコスモポリタンの真理をみたような気がした。(了)
※今回のインタビューは、音声マガジン『コスモポリタン』でもお聴きいただけます。
プロインタビュアー
早川洋平
新聞記者を経てプロインタビュアーに。2008年、インターネットラジオ番組「キクマガ」をスタート。よしもとばなな、加藤登紀子、茂木健一郎、高城剛ら150人以上のゲストが出演、年間200万ダウンロード超の番組となった。
近年は、ユニクロやネスカフェなどグローバルブランドのCM等にもインタビュアーとして携わる。13年からは「世界を生きる人」に現地インタビューする月刊オーディオマガジン『コスモポリタン』を創刊。世界各国での取材活動に精を出している。
代表をつとめるキクタス株式会社では、企業・機関・個人のメディアを創出するプロデューサーとしても活動。中核となるポッドキャスト配信サービスは、公共機関、教育機関、企業、マスコミ、作家などに広く活用されている。
キクタスから配信されるインターネット番組のダウンロードは毎月約200万回超。全世界での累計視聴回数は7,000万回を超えている。「横浜美術館『ラジオ美術館』」「鳥越俊太郎のニュースの職人チャンネル」「伊藤忠商事『THE 商社マン』」などプロデュース多数。
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