税務調査で担当官はここを見る!~国際税務編~ 第5回 世界的な移転価格ルールの統一

片瀬 陽平
 
 前回の「税務調査で担当官はここを見る~国際税務編~」では、近年世界を騒がせている移転価格税制について記載いたしました。お伝えしたBEPS Final Reportには、移転価格の文書化規定(行動13)が記載されています。その文書の中でも新たに各国で作成することとなったマスターファイルについて、各国間の規定に少し齟齬がありますので、今回はこのマスターファイルについて主にお伝えいたします。

 このマスターファイル、日本語では「事業概況報告事項」といい、その名の通り企業の事業概況を報告するための文書となります。多くの方の認識する移転価格文書とは、独立企業間価格(関連会社間の取引価格)を算定するための書類であると思いますが、この価格算定のための文書をローカルファイル(日本語では、「独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類」)といい、その他にCbC Report(日本語では、「国別報告書」)がBEPS行動13の成果物として定められています。
 各国はこの行動13を基に移転価格に関する国内法を整備していますが、この行動13に記載するマスターファイル項目には、「The following information should be included in the master file」との記載があり、マスターファイルに記載すべき項目は最終的には各国の判断に委ねられているという現状があります。その他にも保存すべき書類の内容や、ペナルティ、適用年月日なども各国の判断に任せられていますので、少なからず齟齬が発生してしまっているのです。

 では、どのような不都合が起こっているのか、日本と中国を例にそれぞれの規定を比較しながら確認してみることとします。

【日本におけるマスターファイル作成保存義務 ※平成28年度税制改正大綱より】
①記載項目
マスターファイルの記載項目は、移転価格ガイドライン改定案の別添1に記された記載項目と同様とする
②適用除外
連結総収入金額が1,000億円未満の多国籍企業グループについてはマスターファイルの提供義務を免除する(対象企業はe-Taxにより、税務署長に提供)
③適用開始年月日
平成28年4月1日以後に開始する最終親事業体の会計年度終了の日の翌日から1年を経過する日までに、e-Taxにより税務署長に提供する必要がある
④言語
日本語又は英語を使用する

この①~④に紐付く中国の規定を下記にそれぞれ書き出してみると、

【中国におけるマスターファイル保存義務 ※特別納税調整実施弁法(意見募集稿)より】
①記載項目
マスターファイルは多国籍グループ企業のグローバル業務の概況を開示し、主に以下の内容を含む。~以下、長いので割愛~(その内容はBEPS Final Report 行動13と同様)
②対象企業
関連会社間取引が2億元(棚卸)、4,000万元(役務)超の取引がある会社又は限定的な機能、リスクで赤字の会社は、同時文書(マスターファイル、ローカルファイル、特殊事項ファイルを含む)作成保存しなければならない
③適用開始年月日
関連取引が発生した年度の翌年の5月31日までに作成保存し、税務局から要求された日から20日以内に提供しなければならない
④言語
中国語を使用する、ただし、原始資料が外国語である場合、中国語の副本を添付しなければならない

これは日本と中国の規定のほんの一部ですが、これを比較するだけでもかなりの齟齬が発生してしまっていることが分かるかと思います。具体的に①~④を比較してみます。

【比較確認】
①記載項目
日本の税制改正大綱においては、移転価格ガイドライン改定案別添1に従うとありますが、これは2014年発行のガイドラインであり、中国の特別納税調整実施弁法においては2015年発行のBEPS Final Reportを基にしていますので、その記載項目に現時点では若干の齟齬があります。(おそらく日本の規定もBEPS PJの最終報告に踏襲することになると思いますが、現時点で改正案等は具体的に出ていません。)

②対象企業
日本において連結総収入金額が1,000億円未満の多国籍企業グループについてはマスターファイルを作成しませんが、中国において関連会社間取引が2億元(棚卸)超等、同時文書作成保存義務がある会社については、マスターファイルを保存しなければなりません。
つまり、マスターファイルは究極の親法人が作成するもの(この場合は日本親会社)ですが、親会社において作成する必要がなかったとしても、子会社で保存しなければならないとされています。

③適用開始年月日
日本では3月決算の会社がその最初の対象者となり、平成30年3月31日までにマスターファイルを作成する必要がありますが、中国子会社において平成29年5月31日までに保存しなければなりません。

④言語
日本においては日本語又は英語、中国においては中国語での作成が必要となります。(その他各国では英語での作成が認められているところも多いです。その場合には、英語で作成したものを連携するだけで足りるものと思われます。)

 このような齟齬があり、多くの日系企業がその対応に苦慮している(これらの事実を知らない企業も多い)のです。また、マスターファイルの作成を開始した企業においても、日本の規定のみに従っている企業も散見され、後ほど不都合が起こってしまう可能性もあります。 多国籍企業は日本1か国だけではなく、各国の現状を把握しながら、全体最適の観点により移転価格の文書を作成しなければなりません。 マスターファイルを適正に保存していなければペナルティが発生してしまう国もありますので、税務当局から指摘を受けないよう、しっかりと事前準備を行っていただければと思います。

 
 

片瀬 陽平

株式会社マイツシニアコンサルタント
片瀬 陽平

税理士業界が縮小の一途をたどる中、国際ビジネスのみが税理士業界
に残された最後の領域であると考え、2013年3月にメキシコに渡る。
渡墨後は、日系企業のメキシコ進出サポートを主に行っていた。
2015年1月に株式会社マイツに入社し、現在東京オフィスにて活動している。
専門は国際税務分野であり、特に中堅中小企業の海外進出サポートを中心に行っている。

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