ど素人がビジネスを泳ぐ! 第3回 新入生研修がきっかけで本社勤務に

平野博勝
 

 

 8年間のフリター生活からヤクルトと言う会社に入り 始めてネクタイを締めたサラリーマンになった平野は 土方や運転手、喫茶店のボーイそしてペンキ屋などの事は知っているが、会社と言う組織の事やルール、礼儀作法の事はトンと知らない。


 大学の法学部を卒業して期待される知識も何しろ学校にも行かず、授業にも出ていない平野にはそんな知識もない。


 兎に角有能なサラリーマンとしての能力や“専門分野”が無いので先輩や上司の指示通りに動かざるを得ない。


 ペンキ屋時代のように、自分で考える事もなければ判断し決定する事もない。

 

 仕事は始まる時間、終わる時間が決まりその後は同僚と酒でも呑みながらワイワイやつていれば1日が終わる。

 それで月末にはちゃんと給料は呉れる!

 「こりゃー楽だよなー」

 「俺は組織に縛られ自分本来がガンジガラメにされたネクタイ族

  に自主性は無いと軽蔑してきたが生活と言う面から見たら

  こんな楽な世界は無い!俺の考えは間違っていたかもしれない!」

 と思うようになった。

 

 <支店採用のセールスマンが本社勤務に>

 

 九州支店のセールス部隊メンバーだった平野は九州久留米の仕事が一段落し、今度は広島の中国支店管内宇部の販売会社のセールス部隊に転勤した。


 その頃はヤクルトのセールスがドンナものかが理解できるようになり自分なりの得意なセールス手法も身についていた。


 そんな時、セールス部隊の新入生研修をするという事で伊東の研修センターに集められた。

 同期のメンバーは当然平野より年下のメンバーだ。

 

 営業部の常務、専務、そして社長までが講師と言う形で来ていた。


 ヤクルトはセールスに全力を挙げている会社だなーと感心した。

 営業の常務、専務のセールステクニックや話法はさすがに素晴らしく聞いている受講生は感激して聞き入っていた。

 

 社長の方から「ヤクルトの企業の生い立ち、歴史 企業理念などの詳細説明があった。

 

 社長は終わりに「何か質問は?」と聞いた。

 同僚たちは当時ワンマンで怖いと言われた社長に質問するなど恐れ多いと思ったのか、誰も手を挙げない。 

 組織の暗黙のルールめいたものを知らない平野は手を挙げて自分が感じる事を質問した。

「常務や専務の話を通じてヤクルトのセールスの精神やその技法は理解できた。社長の話によりヤクルトの学問的研究による商品の誕生や企業としての使命、理念と歴史などは感激的に理解できた。」


 「ただ、ここに集まる若手(平野は年食っていたが・・)は今のヤクルトの現状を知るだけでなく、この会社が5年後、10年後どの方向へ、どんな形をとりながら発展していくのか? 今の若者が将来夢を持てる会社なのか? 社長のヴィジョンと理想を聞かせて欲しい!」と質問した。

 

平野の質問に対し社長は無言のまま私の顔をジーっと見ていた。

が、やがて「君は大学出か?何処の大学で、学部は?」と聞いた。


「早稲田法学部」と私は答えた。


社長は「法学部出の人間は今本社の総務部で必要だ!」と横の専務に顎をしゃくり「此奴を本社に!」と言い残して


社長は部屋を出て行った。

 

結局平野の質問には何ら答えなかつた。

 

<何も知らない大学卒は女子社員に仕込まれる>


平野の人事異動はあまりにも突然であり、急であり、イレギュラーであったために直属の上司も知らされるヒマが無く、

支店長も知らず肝心の本社の総務部長も支店採用社員の資料が手元になく慌てふためいた。

 

平野はすぐ中国支店に帰り、「明日から本店だとよ!」と直属や同僚に言いながら荷物を整理する始末。

平野はヤクルト本社総務部に出頭した。社長の意図などが不明のまま取り敢えず総務部庶務課に配属された。庶務課長から「旅費精算をやって!」と言われた。

が、その旅費精算なるものが分からない。会社の各部門の社員が様々な所へ出張し、行く前に申請し、帰ってからその費用を報告書に従い清算する事その事務をやるのだと先輩古手の女子社員に教えて貰い、ようやく納得した。

 

「稟議書を書かねばならない」と言われてもその「稟議」と言う言葉がフリターいう上りには分らない。

女子社員に意味を聞く。「大学出なのにそんな事も知らないの」と嫌みを言われる。ある書類が何処から来て、処理したら何処へ流すか?なども一々先輩女子社員に教えて貰わねばならない。

「会社組織とは面倒臭い所だなー」とフリター上りはグチる。

反面「会社組織」という精密機械があり、その数多くの部品が機能別に整然と動いている事を想像するとそこに「会社組織」という美しいモノが見えて来る。

「会社が組織である以上それぞれの持ち場、昨日が整然と動くために、潤滑油としての命令系統や機能間コミュニケーションが必要となる。

 

 平野はサラリーマンになり初めてそのメカニズムを「美的」に捉える事に魅せられていく。

「美しい組織」と「美しくない組織」「企業組織のその存在理由は?」「その目的は?」などを考えるようになっていた。

 

 
 

平野博勝

感性空間・オフィス平野元ヤクルト(株)専務取締役
平野博勝

■早稲田大学第1法学部卒業 熊本県出身
就職による“束縛”が嫌で‘プー太郎’として土方やトラックの運転手、喫茶店のボーイ、最後にペンキ職人になる。 今で言う‘フリーター’の草分け?
■メシを食うのにはサラリーマンが一番楽と分かり、ヤクルト九州支店に
「セールス部隊要員」として中途採用される。43年よりヤクルト本社採用になり、各部門、支店業務そして国内ヤクルト販社の経営実務を体感学習していく。
■経営危機に陥入つたフィリピンヤクルトの再建のため
経営執行副社長として経営の立て直し業務に入る。以後各国のヤクルト事業の再建や世界各地での新規事業所設立を手がける。ヤクルトの“再建屋”の異名を頂戴する。
■ヤクルト本社 59年取締役就任、61年常務取締役就任
以後ヤクルトの国際事業を統括しながら海外各地に事業所の新規設立を進めたり既存事業所の経営改革をする。
■海外現地法人の社長、会長などを歴任。
■ヤクルトの‘世界ブランド化’‘世界企業化’戦略を進める。
■平成15年(株)ヤクルト本社専務取締役国際事業本部長を退任
(株)ヤクルトライフサービス代表取締役社長、(社)日本マーケティング協会
常任理事などを歴任。大学や企業の経営者研修や経済関連団体での講演などを行う。
■平成16年 アジア人として初めて仏食品大手であるダノン本社の社外取締役に
就任。年6回程パリの取締役会に出席する。ついでにヨーロッパ各国の人達に日本の経営や文化、ヤクルト哲学などについてレクチュアしたり議論し合う。
■平成20年 全ての職を辞し、「感性空間・オフィス平野」を設立。
いわば「頼まれごと引受業」として様々な大学で講演講義をしたり、企業の経営相談に乗つたりして現在に至る。

[好きな事] 
列車など乗り物に乗り。ビールやワインを呑みながら、その国の美味を肴に 外の景色をボケーッと眺めている事は最高である。だからヨーロッパでは飛行機を使はず、列車のみを使う。
また休日は寝転がり、煎餅を齧りながら、音楽を聞きながら、本を読みながら、いつの間にか寝てしまうことに‘人生の充実観’を感じる。

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