ど素人がビジネスを泳ぐ! 第5回 組織の裏道業務を学ぶ

平野博勝
 

 

<組織の裏道業務>

企業の組織活動を一つの目的に向かつて、全体として機能させるという事でヤクルト本社内に「社長室」が出来た。

が社長室機能の中で企画室時代になかった機能に、専務以上のトップ役員の「特命事項」があり、この仕事は高い機密性のある政治的目的が隠されている。当然同僚その他の者に口外出来ない内容である。

そのような機能は良きサラリーマンの受けた教育のラチ外の考え方や発想、知識が必要になる。

フリーター上がりの平野はよくこの特命事項をやらされた。


組織の混乱要素の中に入り込み、誰も平野の赴任の真意を知らずに通常の赴任のように振る舞い乍ら本社路線を歪める要因の原因を是正し、ある時にはその組織の責任者の首を挿げ替える事をやらねばならない。


それを大体2年ぐらいの短期赴任の内にやり遂げまた社長室に帰ると言う業務である。平野のやった事は誰も知らない、ごく自然の成り行きにしなければならない。


そんな事を何度かやらされて平野は

「企業が大きな組織になって行く過程にはこんな隠された機能も必要なのだ!」

という事を学んだ。

 

<社長代行で経営を学ぶ>


 ヤクルトは各地に独立した地域事業所、即ち 各地でヤクルト製品を販売している販売会社が沢山ある。

その販売会社が資金を出し合い「本社」を作った。だから各販売会社は本社の株主である。

要は本社が傘下の事業所を作ったのではなく地域の販社が傘下の本社を作ったと言うユニークな組織である。

だから地方販社には当然それぞれ社長以下の役員がいる。


ところが販社の経営者が突然亡くなり後継者が居ないとか、経営者がヤクルトの仕事に魅力を失くし本社に株を引き取って貰い引退するとかの事がある。


本社は株を買い取り直営として経営する時に大体専務クラスが社長になる。が専務クラスは全国視野の業務で忙しいので、大体「社長代行」を置く。


平野はその「社長代行」をやらされた事がある。代行とは言へ実質はその会社の社長業務である。会社としての実積や成果についての責任が当然伴う。

 

 ところが平野はフリーター上がりで経営の事を勉強した事もないし、マネジメントや財務、マーケティングなどの知識も全くない。その関連の勉強をした事もないし


当然先生もいない。


経営については全くのド素人である。


ただフリーター時に好奇心に任せた雑学としての幅広い読書経験はある。だから視点と視野、俯瞰する力は多様で普通のサラリーマンよりは多彩であるつもりだ。


それに「組織」とはある目的に向かい様々な人々による、様々な「機能」を通じ「可能な限り素早く目的に到達する事である!」と言う美学的概念が心にある。

 

だから問題意識も旺盛である。兎に角平野は社長代行として東京の中野、杉並を市場としているその会社に入った。本社の方の所属は社長室から営業本部に所属していた。


従業員も前の社長を尊敬している古手の社員から、本社の増援社員から結講居る。それにあのヤクルトオバチャンが大勢いる。それも年齢が70代から20代まで世代がマチマチである。


平野は気付いた。

まず組織、企業がどんな目的・目標を持ったところでそれを実際にやって行くのは”人"である、市場の顧客を走り回る人、それをコントロールする人、目標を立てその方法を考える人である。

だが、それらの役割を「実行出来る能力」がなければ目標を達成できる筈がない。


即ち

「戦力の伴わない計画は実行出来ない!」

「実行出来ない計画の目標は達成出来ない」


と言う至極当たり前の事である。

平野は考えた「この会社の社員や管理職はどの程度の仕事の難易度をやり切れる能力」を持っているのか?「どの程度の仕事をどの程度のスピード」でやり切れるのか?


さあー平野がこの会社に赴任してから始まったのが、会社全体の「戦力分析」である。社員達との面接である。質疑応答である。


但し平野の面接は夜、居酒屋で、酒を呑みながら

冗談を言い合いながらの雑談を通じてである。

 

<仕事は面白くなければならない!>


気付いた事はスタッフにはそれぞれ個性もある、考える力もあり、能力と行動力は予想以上のモノがあるという事である。ただ毎日判で押したように決まりきった仕事をする事に飽きが来ていてその能力と行動力を発揮していないという事である。


要は毎日の仕事が「面白くない!」のだ。


平野は「仕事は面白くなくてはならない!」「仕事はユーモラスでなければならない!」という事をその時勉強した。


そして「組織の仕事を面白い、ユーモラスな仕組みにする事は経営者の仕事ではないのか?」と考えるようになった。


仕事を面白くする方法は? 今やっている仕事、マンネリ化して面白く無くなっている「仕事の意味を今まで考えた事もない角度から表現する。その仕事の全体目標の中での役割の位置と関連する隣りの業務との位置関係で一つの貴方のアイデアが全体機能の中でどんなに重要な役割をするのか、波及するのかを見えるように表現するとかの工夫をした。


何10年も前、共に仕事をした管理職達と一杯やる時「平野さんと仕事をした時が一番面白かった!」と言う話が出てくる時、平野は「そうかなー?」と言いながら杯を空ける。

 
 

平野博勝

感性空間・オフィス平野元ヤクルト(株)専務取締役
平野博勝

■早稲田大学第1法学部卒業 熊本県出身
就職による“束縛”が嫌で‘プー太郎’として土方やトラックの運転手、喫茶店のボーイ、最後にペンキ職人になる。 今で言う‘フリーター’の草分け?
■メシを食うのにはサラリーマンが一番楽と分かり、ヤクルト九州支店に
「セールス部隊要員」として中途採用される。43年よりヤクルト本社採用になり、各部門、支店業務そして国内ヤクルト販社の経営実務を体感学習していく。
■経営危機に陥入つたフィリピンヤクルトの再建のため
経営執行副社長として経営の立て直し業務に入る。以後各国のヤクルト事業の再建や世界各地での新規事業所設立を手がける。ヤクルトの“再建屋”の異名を頂戴する。
■ヤクルト本社 59年取締役就任、61年常務取締役就任
以後ヤクルトの国際事業を統括しながら海外各地に事業所の新規設立を進めたり既存事業所の経営改革をする。
■海外現地法人の社長、会長などを歴任。
■ヤクルトの‘世界ブランド化’‘世界企業化’戦略を進める。
■平成15年(株)ヤクルト本社専務取締役国際事業本部長を退任
(株)ヤクルトライフサービス代表取締役社長、(社)日本マーケティング協会
常任理事などを歴任。大学や企業の経営者研修や経済関連団体での講演などを行う。
■平成16年 アジア人として初めて仏食品大手であるダノン本社の社外取締役に
就任。年6回程パリの取締役会に出席する。ついでにヨーロッパ各国の人達に日本の経営や文化、ヤクルト哲学などについてレクチュアしたり議論し合う。
■平成20年 全ての職を辞し、「感性空間・オフィス平野」を設立。
いわば「頼まれごと引受業」として様々な大学で講演講義をしたり、企業の経営相談に乗つたりして現在に至る。

[好きな事] 
列車など乗り物に乗り。ビールやワインを呑みながら、その国の美味を肴に 外の景色をボケーッと眺めている事は最高である。だからヨーロッパでは飛行機を使はず、列車のみを使う。
また休日は寝転がり、煎餅を齧りながら、音楽を聞きながら、本を読みながら、いつの間にか寝てしまうことに‘人生の充実観’を感じる。

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