バラガンだらけなイスラエル 第5回 イスラエル版シリコン・バレー

水谷徹哉
 

シリコン・ワディの「Wadi」とは?

シリコン・バレーの「Valley」は英語で谷間や水渓を意味しますが、同じような意味を持つ当地の言語に「Wadi」という言葉があります。これはもともとはアラビア語で雨季以外には水のない谷川を意味し、当地では口語の現代ヘブライ語でも併用されるようになった言葉です。


日本でも世界の乾燥地域に詳しい方や、そのような地域によく行かれる旅行者の方々には多くの場合「ワジ」で通用するようなのですが、一般的には馴染みの無い言葉ではないでしょうか。その「Wadi」が、今まさに世界的な言語になりつつあるようです。



アメリカ・カリフォルニアのIT企業一大拠点であるシリコン・バレーをご存知ない方は恐らくいらっしゃらないでしょう。これに相対してごく最近ですが、イスラエルのIT産業全体を指す名称として「シリコン・ワディ(Silicon Wadi)」という言葉が頻繁に使われるようになりました。


実際のところ、類似の発想は世界に点在するIT産業地域にも存在しているようではあります。多くの場合は「○○のシリコン・バレー」などと呼ばれ、例えばロンドンのIT産業を指す俗称として「Silicon Roundabout;シリコン・ランドアバウト(英国に多い環状交差路)」などもありますね。


これら世界のシリコン・バレーにならんで、今まさに世界の脚光を浴びつつあるイスラエルの「シリコン・ワディ」。では他地域のシリコン・バレー/IT産業と一体何が異なるのでしょうか?

 

シリコン・ワディの特質

まず、イスラエルの「シリコン・ワディ」は、特定地域で繁栄しているIT産業のみを指す名称ではないことが挙げられるでしょう。例えば、インドのシリコン・バレーはバンガロール、ベトナムはハノイと、特定の一地域を空間的にも指しているようで、その理由はそれらの地域にIT産業が集中し、一つの産業クラスターを形成しているからに他なりません。一方、当地の「ワディ」はイスラエル国内にある特定の産業都市を指すものでは無く、国内全域といって良い規模で発展しているIT産業全体を指しているのです。


これにはイスラエルという国そのものの総面積が四国の面積と同等で小規模という事情にも拠るのですが、縦に長いこの国には北から南まで全国的にIT産業に根ざした産業地帯が数多く存在し、国自体がITクラスターを形成していると言っても過言ではないのです。実際にこの国を端から端まで車で移動してみると、整然と配備されたハイウェイ沿いに忽然と現れる超近代的ビル群をいかに多く目にすることか。これだけでも、ハイテク産業がこの国の主要産業をなしているという事実が視覚的にもよく分かります。恐らく、このような事例は世界にも類を見ないでしょう。


 


「シリコン・ワディ」がその他の点で特異なのは、国全体のハイテク産業を育むコミュニティ意識と言えるでしょうか。明確に説明するのは難しいのですが、この国には「キブツ」という農業共同体が建国以前から存在します。そこでは住民全てが平等主義の元、自給自足に根ざした共同生活を営むコミューンが形成されています。今ではこれらの運営形態は大きく変化しているのですが、これらは今も国中に無数に存在し、またこれらの集合体がイスラエルの建国に重要な役割を担いました。そこから生まれた共同体文化は、当国の様々な分野における仲間意識や、ひいては連帯意識を形容する際の代名詞ともなっており、これがまさに当地のハイテク産業にも当てはまるように見えるのです。無論、そこでは他産業同様に熾烈な競争が存在するのは事実ですが、例えば「ワディ」の一企業がFacebookのような世界企業に買収された際、国中がその話題で沸き上がるというような現象は、この国でしか起こりえないように思うのです。


身近に感じるところでも、実際ITエンジニアやハイテク関連に従事する人々の多さに驚きます。個人的な話になりますが、筆者には5歳になる息子がおり現在地元の学校(プレスクール)に通っているのですが、ここでできたお友達のご両親のほとんどが、やはりハイテク関連に従事しているという状況です。特段近所にハイテクパークがある訳でも、それこそ高級住宅街でも決してないのですが(中流とは言えるかもしれませんが)、それこそ出会う人々のほとんどがITエンジニア。犬も歩けばハイテク産業関係者にあたるという状況であります。




もう一つ特筆すべきは「シリコン・ワディ」の世界における影響力でしょう。これは引用になりますが、「Start Up Genome」プロジェクトによれば、世界のハイテク産業でシリコン・バレーの次に影響力があるのはイスラエルのハイテク産業であり、スタート・アップ企業を育むビジネス環境(エコシステム)はシリコン・バレーの次に良好という評価がなされています。それこそ、イスラエルの企業で現在NASDAQに上場している企業の数は71社(NASDAQサイト)。右数字の他国との比較において見てみると、例えば英国出身企業数は52、フランスは11、ドイツは9、そして我が国は12。これら数字と比較しても突出している数と言えるでしょう。因みにご参考までですが、中国出身企業は118となっていました。さすがにこちらとは比較にならないようではあります。。。

 

もちろん、上記を米国とイスラエルの密な関係の一環とする見方もあるかもしれません。それは決して間違いではありませんし、事実、当地に居住している身として、米国の影響力というものは生活の隅々において感じるものでもあります。そして当然のことながら、「シリコン・ワディ」と「シリコン・バレー」との密接な関係も、見逃せない側面です。

 

イスラエル-シリコン・バレー間、直行便推進プロジェクト

それをまさに物語るようなプロジェクトが「シリコン・バレー」で立ち上がりました。まさに「バレー・ワディ」直行便発足プロジェクト!これは筆者の意訳ですが、英語では「Fly SFO-TLV in 14.5 hours?」。要はイスラエルと「シリコン・バレー」に直行便を発足させて、現行24時間以上かかっている双方地域間の移動を14.5時間に短縮しようというものです。

 

現在、同地域で生活している成人イスラエル人人口は4万人以上とされ、これらの殆どがハイテク従事者であり、その半数が年間最低でも1度は仕事や家庭面での理由でイスラエルと「シリコン・バレー」間を往復していると推測されています。本プロジェクトはまさにそのような旅行者の仕事面のみならず生活面での双方地域間の往来をよりスムーズにしようというものです。




プロジェクトそのものは単にかかる試みの嘆願書を提出するための署名を相当数集めるというものなのですが、面白いのはこれを立ち上げ、また賛同人として多数参加しているのが「シリコン・バレー」に従事するイスラエル人のハイテク産業関係者である点にあります。本プロジェクト発起人の発言によれば、「これは起業的アプローチでやっており、変化を生むための試みでもある。」とのこと。「変化を生むための試み」という点に、まさにスタート・アップ、起業人のプロアクティブな側面が出ているようにも思われます。


一方、嘆願を受ける立場にある航空会社関係者の反応はイマイチの模様。本プロジェクトは下記サイトにて確認できますのでご関心あらば。

https://sfotlv.org/


 
 

水谷徹哉

イスラエル在住
水谷徹哉

名古屋大学卒業(修士)。在イスラエル大使館専門調査員(05’)、JICAパレスチナ事務所企画調査員(12’)。計10年間日本国政府ODAによる対パレスチナ支援に従事する。主にガバナンス分野における国際機関経由、またJICA技術協力案件の実施管理を担う。2013年よりイスラエル国Galilee International Management Instituteに勤務。主に日本向けのコンテンツの開発等を担当。

キーワードからコラムを検索する