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バラガンだらけなイスラエル 第7回

イスラエルワインは世界レベル

イスラエル在住  水谷徹哉

 


前回は当地の食文化について触れました。これには「いつになく」相当な反響がございまして、「食」関連の話題というのはやはり読者の皆様の関心を捉え易い話題なのかな、と思ったりしました(笑)。ということで、今回も引き続き「食」に関連した話題とさせて頂きます。前回の稿でも若干触れましたが、「ワイン大国」としてのイスラエルの知られざる側面をご紹介いたします。

 

まず、読者の皆様には中東とワインというリンクに、なかなかピンとこないかもしれません。実は当地とワインの結びつきは意外に深く、古くもあります。

 

イスラエル・ワインの歴史


まず、旧約聖書においてワイン関する記載が多々目にすることができます。そこでは宗教祭における儀式や祈祷、また季節の変り目における収穫祭等の場面にて不可欠なものとして取り扱われており、古代ユダヤ帝国の神殿(現エルサレム旧市街)においては、国王自らが有するワインの貯蔵庫があったとする記載もあります。

 

また、当地に多くある遺跡や、考古学上重要な発掘場所等においても、当時の人々によるワインの消費や葡萄の収穫、また当時のワイン生産を示す歴史的証拠が多く発見されています。例えば、イスラエル北部ガリラヤ地方に位置するTzipporiという遺跡は、当地では代表的なものとして知られています。



写真1;古代のワイン・プレス跡



Tzippori(別名Sepphoris)遺跡は、ギリシア風文化が一世風靡したヘレニズムに始まり、その後のユダヤ帝国、そしてローマ帝国等、様々な時代の遺跡が異なる地層帯に何層にも分かれて発見されている非常に興味深い遺跡です。何よりも同遺跡の見応えは、当時の統治者達の生活様式、特に彼らの放蕩振り等が、モザイクの形にて色鮮やかな形で残されていることです。そこにはギリシャ神話に登場する葡萄酒・酩酊の神であるバッコスが登場し、当時(ローマ時代)の人々の社交の模様が描かれており、ワインがいかに当時の社交生活において重要であったかを伺い知ることができます。



写真2;Tzipporiのモザイク;バッコスの酒盛り



また、これら当地に残る歴史的史跡や諸文献に基づく試算によれば、古代イスラエルにおける成人1日あたりの平均ワイン摂取量は1リットル相当とする調べもあるほどです。つまり、ワインは日本のお酒と同様、当地の食文化には深く根ざしたものであると言えるのです。

 



近代イスラエルにおけるワイン生産の発展



さて、それでは現代のイスラエルにおけるワイン事情を見てみましょう。

 

当地のワイン文化の遍歴が、極めて深く歴史的な側面を持つ一方、ドライ・ワイン、つまり辛口ワインとして現代の食卓に登場する、当地産ワインの歴史はさほど古くはありません。近代的なワイン醸造技術をベースとするワイナリーが、当地に最初にできたのは19世紀後半とされています。ユダヤ人大富豪であるロスチャイルド家により、フランスより多くの葡萄種が輸入され、最初のワイナリーが当地に設置されたのが、近代イスラエル・ワイン史の始まりです。



写真3;イスラエル最初のワイナリー、Carmel Winery




但し、昨今の「ワイン大国」としての礎を築くこととなる当地ワイン産業の本格的な発展は、80年代まで待たねばなりません。先進的なワイン生産技術は、主にフランス、アメリカ(カリフォルニア・ワイン)、オーストラリアの3カ国から技術移転がなされ、90年代後半から2000代にかけて国家レベルでの飛躍的な発展を遂げることとなります。

 

イスラエル・ワインが世界の舞台に登場するのは2001年、当地の主要ワイナリーによる白の新規銘柄が、最優良ワインとして選ばれたことに始まります。その後、イスラエル・ワインは世界のワイン主要紙(Wine Enthusiast)や、イタリア等の主要国で行われるコンペ等で定期的に受賞するに至っています。特筆すべきは、2007年、かの著名なワイン評論家ロバート・パーカー氏(Robert M. Parker, Jr.)が当地ワインの銘柄14種を限定し、100点満点中90以上を付けた上、「イスラエル・ワインは世界レベル」と称したことです。この時点で当地ワインの世界的な地位が確立されたと言えるでしょう。

 

現在、四国と同等程度の当国国土には、35の比較的大規模の商業ベースのワイナリーと、主に家族規模にて運営される小型ワイナリー、俗に「ブティック・ワイナリー」と称される小型ワイナリーが250も存在します。なるほど、縦に長いこの国を車で移動してみると、ハイウェイ沿いには広大なワイン畑を頻繁に目にすることができます。これを見るだけでも当地がワイン大国であることは一目瞭然です。




写真4;エルサレム地方の葡萄畑



ワイン生産に適した良質な葡萄畑は、主にイスラエル国内の3箇所に集中しています。一つはイスラエル北部のガリラヤ地域(及びゴラン高原)。もう一つは、エルサレム周辺で、当地ではJudean Hillsと称される地域。そしてイスラエル南部に位置する灼熱の乾燥地域であるネゲブ砂漠。ガリラヤ及びエルサレム周辺の2地域は高地に位置し、朝晩の間断差が高く、空気は比較的乾燥しています。地盤はほぼ全域が石灰質で構成されており、ここにはワイン生産に適した気候及び地質の全てが揃っていると言えます。これら地域の気候は全体的に南欧のワイン生産地に類似しており、葡萄畑が一面に広がる同地域をドライブしてみると、それこそ南欧を旅行しているような既視感を体験するでしょう。

 

砂漠でのワイン生産を可能にしたイスラエルのハイテク技術



一方、ネゲブ砂漠は文字通りの砂漠気候で、年間の降雨量も微々たるものです。同地域でのワイン生産量は、上記2地域と比べると限られており、大規模生産が始まったのもごく最近の話です。砂漠地帯でのワイン生産を可能としたのは、まさにイスラエル独自の水管理テクノロジー、また右に基づく精緻な灌漑システムと、そして高度に進んだ品種改良の成果と言われています(これについてはまた後に詳述したいと思います。)。特に、昼間の気温が極度の高温となる当該地域では、葡萄の糖分含有量をいかに制御するかがネックになります。即ち、糖分そのものが醸造の過程でアルコールに転換するため、あまりに糖質が高すぎると、アルコール分も比例して高くなり、ワインの風味やアロマ等が破壊されてしまうと言われています。これらの制約条件がある中でのワイン生産の成功は、まさにハイテク国家イスラエルならではと言えます。




写真5;砂漠地帯の葡萄畑


さて、実際のお味の程はどうなのでしょう?どんなに世界の著名な評論化が褒めたてたとしても、市民レベルで気軽に賞味でき、当地市民の間で人気が無いと意味がありませんね。筆者個人はワインに関する知識は皆無に等しく、ワインの専門家でも決してありません。ただ、お酒は大好きなので(笑)、これまで様々な国々のワインを数多く堪能してきました。その中でも当地のワインは取り分け美味しい部類に属するものと確信しています。これはあくまで個人的な感想なのですが、当地のワインは他国のものと比べるとよりシンプルで純粋な味がするように感じるのです。表現を変えるならば、より原点に近い味とも言えましょうか。。。もちろん、これには当地に長く住む筆者なりの先入観やひいき目も多分にあるのかもしれません。

 


当地の人のイスラエル・ワインに対する評価も非常に高いようです。もちろん、自国産品を誇りに感じる愛国心のようなものもあるでしょう。私の個人的な友人で、自国を評することとなると常に否定的な姿勢を固辞する人間がおりますが、当地ワインだけは彼の非難の対象外であるようで、筆者同様、日々のテーブル・ワインは必ず当地産と言い切っています。

 


最後に、当地のワイナリーについてもう一点触れるとすれば、これらの多くが、全てではないにせよ、「コシェル」(Kosher)認定を受けているということです。では、Kosherワインと普通のワインの違いとは何なのでしょう?本稿ではKosherワインの定義に深く触れることは主旨ではないのですが、簡潔に説明するならば、通常のワイン製造において投入される清澄剤等の不純物の投入が、Kosherワインの製造過程においては厳しく統制される点が挙げられます。ということで、「純粋且つ原点に近いイスラエル・ワインの風味」という筆者の極めて独断的な評価には、このような背景があることも念のため申し添えておきます。



写真6;コシェルワインの認定過程


以上、いろいろと当地ワインについて書き綴りましたが、結局のところ、「美味しければどうでもいいんじゃないの?」という声が聞こえてきそうですね(笑)。筆者もその通りだと思います。これに一点のみ付け加えるとすれば、その美味さに見合う当地の料理や、気候、景色等のワインの風味を引き立てる要素があれば、なお良いと思います。地中海特有の乾いた微風と真っ青な青空の下、気の置けない仲間や家族達と味わう昼間からの一杯はまさに格別です。是非一度、当地のワインをご賞味あれ!

 

 

水谷徹哉

イスラエル在住
水谷徹哉

名古屋大学卒業(修士)。在イスラエル大使館専門調査員(05’)、JICAパレスチナ事務所企画調査員(12’)。計10年間日本国政府ODAによる対パレスチナ支援に従事する。主にガバナンス分野における国際機関経由、またJICA技術協力案件の実施管理を担う。2013年よりイスラエル国Galilee International Management Instituteに勤務。主に日本向けのコンテンツの開発等を担当。